
アメリカ最高峰のレース、インディカーの出走も予定されていたが、雨のため出走断念…。インディカーは雨だとレースが行われないため、レインタイヤが用意されてないのだ
 |

ホンダの第一期F1プロジェクト(64〜68年)の時のマシン“RA723(66年)”。出走の準備はされていたが、雨のため残念ながら中止。葉巻型のF1マシンが走る姿を一度みてみたかった…
 |

NSXでGT選手権に参戦するすべてのチームが参戦し、レース形式でデモ走行が行われた。03年はイマイチ元気がなかったNSXだっただけに、今年は是非ともがんばってほしい
 |

土屋圭市。“ドリキン”の愛称でレースだけではなく、メディアでも大活躍したドライバー。まだまだ十分走れる力があるのだが、“区切りをつけたい”ということで、03年をもってレーシングドライバーを引退
 |

同じく引退するMotoGP 125ccクラスの東雅雄と花道を飾る土屋圭一。最後はスピンターンで決めるハズが、まさかのエンスト。ちょっとカッコ悪かったけど、ドリキンらしいからOK
 |

日本GPでダブル入賞により、コンストラクターズ(製造者部門)ランキング5位を獲得したB・A・Rホンダ005。今回は佐藤琢磨に代わり、松浦孝亮がステアリングを握った。
 |

ホンダとのジョイント2年目となり活躍が期待されたロータス・100Tだったが、シャシー性能が悪く、87年チャンピオン、ネルソン・ピケの腕をもってしても3位に入るのが精一杯だった
 |

中嶋悟。日本人初のフルタイムF1ドライバー。雨にはめっぽう強く、89年の最終戦オーストラリアGPではファステストラップ(レース中での最も速いタイム)を記録。今回は88年の時の相棒、ロータス・ホンダ100Tをドライブ
 |

マクラーレンMP4-6(91年)は、アイルトン・セナに3度目のドライバーズタイトルをもたらしたマシン(今回は♯2・ゲルハルト・ベルガー車)。その名マシンは鈴木亜久里がステアリングを握った
 |

鈴木亜久里。90年の日本GPで3位を獲得。F1で表彰台に上った日本人はこの人だけ。現在はARTA(オートバックス・レーシング・チーム・アグリ)の代表を務め、ドライバー育成に力を入れている
 |