37年の長き歴史に一度ピリオドを打つ
数々の名勝負を繰り広げてきた富士スピードウェイがついに最期の時を迎えました。富士スピードウェイはたいへん歴史のあるサーキットなのですが、施設は老朽化し、安全面に関しても現在の基準からすると低く、F1などの国際的なレースを開催することが困難な状況となっています。そこでトヨタ自動車を中心にサーキットを全面的にリニューアルすることになりました。ですから、サーキット自体がなくなってしまうのではなく、一時休止ということになります。
日本でF1が初開催されたのは富士スピードウェイなのだ!
まず、ここで富士スピードウェイについてお話しましょう。富士スピードウェイは高度成長期となる1966年に静岡県に建設されたサーキットです。当初は1kmにも及ぶホームストレートと超高速の1コーナー(通称38度バンク)を有する世界屈指の高速サーキットでした。スリリングでチャレンジングなサーキットでしたが、事故も多かったことも事実で、38度バンクは1974年に廃止。コース距離も6kmから4.3kmに短縮されました。その後は基本的なレイアウトは変わっていませんが、速度を落とすため、AコーナーやBコーナーを設けるなど、安全面を強化してきました。
現在F1グランプリは、三重県の鈴鹿サーキットで行われていますが、日本でF1が初めて開催されたのは、実は富士スピードウェイなのです。富士スピードウェイでF1が開催されたのは76〜77年の2年間で、当時は日本GPとは呼ばず(日本GPは他のカテゴリーで使用していたので使用できなかった)、F1選手権イン・ジャパンという名称が使われました。初のF1開催ということで、大観衆が詰め掛けたF1選手権イン・ジャパンでしたが、興行的には大赤字だったらしく、結局富士スピードウェイでF1が行われたのはこの時のみで、再び日本でF1を開催するまでさらに10年を待たなければなりませんでした。
往年の名車を見ようと4万6000人が足を運ぶ
さて富士スピードウェイ・フィナーレには往年の名車達と最後になるコースをひと目見ようとたくさんのレースファンが足を運びました。私はAM10時頃到着を目標に現地へ向かったのですが、周辺の道路はすでに渋滞しており、駐車場に入れるまでえらく時間が掛かってしまいました。聞けば、富士スピードウェイには約4万6000人が集まったそうです。これは国内最高峰のレースをうたっているフォーミュラ・ニッポンより多く、人気のGT選手権と同等の観客が集まったワケですから、かなりビックなイベントだったといえるでしょう。ちなみに入場料も2000円、駐車場は無料と通常のレースに比べ、安いというのもうれしかったですね。
会場に入ると、すでにコース内を往年の名車達が走っていました。このイベントのために、レストアされたマシンが再びサーキットを走る姿というのは老若男女問わず、ファンにとってはたまらないひと時だったのではないでしょうか。
けっこう本気だった!? Cカーのデモラン
個人的に興味があったのは、80年代後期から90年代初期にかけて人気を博したグループC(Cカー)とF1イン・ジャパンを走ったロータス78とウルフWR1のデモ走行でした。日本車で唯一ル・マン24時間レースを制したマツダ787Bや、トヨタTS010、日産R92CP、耐久王ポルシェ956が登場したことだけでも感動なのに、さらにドライバーも高橋国光さん、長谷見昌弘さん、関谷正徳さんと名ドライバーがステアリングを握ってくれました。これもファンにとってはうれしかったですね。
しかもデモランだというのに、けっこう本気(マジ)! 富士スピードウェイの長いストレートを300km/hで駆け抜けていきました。後から聞いたのですが、日産R92Cには、予選用のスペシャルエンジンを搭載していたとか…。スタンドから割れんばかりの大拍手が送られたのは、言うまでもありません。
そして、空が夕焼けに染まってきた午後4時半。メインイベントといえるF1のデモ走行が始まりました。さすがにスピードは抑えていたようですが、現代のF1とは違う、ちょっと太めな排気音がサーキットにこだましたのがとても印象的でした。
個人的には、グループAのスカイラインGT-Rや6輪車F1マシン、タイレルP34なんかも走って欲しかったけど、挙げたら切りがありません。ただ今回のように往年の名車が一同に集う贅沢なイベントは滅多に見られるものではありません。徹夜明けでちょっとキツかったけど、来てよかった…。ほんとあっという間の1日でした。 |
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会場には新富士スピードウェイの完成予想が展示されていました。基本的なコースレイアウトは踏襲していますが、後半部は大きく変わるようです。なお新しい富士スピードウェイは05年4月オープンを予定しています。
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これが旧コースの名物コーナー“38度バンク”です。噂には聞いていたのですが、実際見てみるとホントにすごい! 昔のドライバーは気合と根性でこのコーナーに突っ込んでいったそうです…
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通算50勝の金字塔を打立てた名車、ハコスカGT-R(スカイライン)は往年の名ドライバー高橋国光氏がドライブ。今回のデモ走行では最大のライバル、マツダRX-3(サバンナ)と逆周り(反時計回り)でコースを走りました
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77年に行われたF1イン・ジャパンに出場したロータス78とウルフWR1の2台のF1マシンが今回のイベントのトリを務めました。黒と金の“JPSカラー”に塗られたロータス78は現代でも十分通じるカッコよさがあります
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おそらく1番盛り上がったのがCカーによるデモ走行。かなり本気モードでした。写真は91年にル・マン24時間レースを制したマツダ787B。甲高いロータリーサウンドがサーキットにこだましていました
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90年代もっとも盛り上がったツーリングカーレース“グループA”の雄、R32スカイラインGT-R。93年の最後のレースには約10万人が富士スピードウェイに訪れました。これも走って欲しかった…
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