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第1回 「日本で唯一の“女子プロレス・ライター”参上!」
第2回 「きっかけは『週プロ』への投稿だった」
第3回 「涙が止まらなかった府川唯未引退試合」
第4回 「スペシャル・インタビュー with ライオネス飛鳥」
第5回 「若きスター選手・浜田文子退団に関する、僕の見解」
第6回 「スペシャル・インタビュー with 井上貴子(前編)」
第7回 「スペシャル・インタビュー with 井上貴子(後編)」
第8回 「『レディゴン』休刊!? どうなる女子プロレス・ライター」
第9回 「祝!『格闘はまり道』スタート 〜5・2ドーム極私的観戦記〜」
第10回 「『ガイア・ガールズ』のパンフに原稿を書いた」
第11回 「北条志乃×田中正明 〜数少ない「同業者」対談〜(前編)」
第12回 「北条志乃×田中正明 〜数少ない「同業者」対談〜(後編)」
第13回 「GAEA事務所に“軟禁”されちゃった(笑)」
第14回 「堀田祐美子がGAEAを襲った“一部始終”」
第15回 「『アイドル』と『女優の卵』が女子プロレスを救う!?(前編)〜HJPGの巻〜」
第16回 「『アイドル』と『女優の卵』が女子プロレスを救う!?(後編)〜アストレスの巻〜」
第17回 「10・20『興行戦争』を総括する、はずが…」
第18回 「『レディゴン』vol.74、出ました、売りました」
第19回 「『ガレージ』には女子プロの醍醐味が詰まってる!」
第20回 「同業者対談シリーズ第2弾・伊藤雅奈子編(前)」
第21回 「同業者対談シリーズ第2弾・伊藤雅奈子編(後)」
第22回 「7・5『Brat Pack Match』に行ってみた」
第23回 「スペシャル・インタビュー with AKINO 〜女子プロレスには“少年”がいる〜」
第24回 「ダリアンガールズを観た」
第25回 「女子プロレス・ライター、存続危機?」
第26回 「映画『ワイルド・フラワーズ』を楽しむ」
第27回 「女子プロレスの良いレフェリー、悪いレフェリー」



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2004.7.29 UPDATE


田中正明
text by Masaaki Tanaka





 去る6月×日は僕の誕生日で、誰も贈り物などくれないから、自分への“新しいおもちゃ”として5万円台のデジカメを買った。

 今まで購入した機種を挙げてみよう。オリンパスの320万画素・光学3倍ズーム「CAMEDIA C−3100ZOOM」、ソニーの130万画素・単焦点「Cyber−shot DSC−U10」、オリンパスの400万画素・光学10倍ズーム「CAMEDIA C−750 Ultra Zoom」、ソニーの200万画素・単焦点「Cyber−shot DSC−U40」。そしてこの度の、京セラが4月に発売した400万画素・光学10倍ズーム「Finecam M410R」が通算5台目となる。

 今回はライターというよりも編集者、そしてセミプロ(?)カメラマンとしての僕の「お仕事」を、歴代のデジカメにまつわるエピソードと共に振り返ってみたい。




(1)「C−3100ZOOM」編/パート1

出会いは2001年11月

 『週刊ゴング』を発行する日本スポーツ出版社の写真部が、それまでポジフィルムで撮っていたプロレスの試合写真を“デジタル化”し始めたのは、2001年の晩秋のこと。編集部にあるファイルを見ると、女子プロで最も古いCD−Rは、アルシオン(消滅)の2001年11月3日、後楽園ホール大会のものだった。

 その頃のアルシオン番は、デンチューこと僕。よく覚えていないが、まだ自分のノートパソコンを買う以前の話で、編集部のパソコンで四苦八苦しながら写真を選んだと思う。

 プロが使うデジタル一眼レフカメラは非常に高価だが、フィルム代と現像代はかからない。もちろん、それに代わるメモリーカードとCD−Rは必要だけれど、カードはメモリーを消せば何度でも使えるし、CDは1枚数十円。しかも、現像所にフィルムを渡して“上がり”を待つタイムラグが減るとあって、近い将来、『ゴング』にも「速報は全部デジタル」の時代が来ることは確実だった。

 男プロを撮るカメラマンは職人気質の人が多く、某氏は「デジカメはフィルムを巻く感触がないから、撮った気がしない」と言っていた。そこで、女子プロに回される若手の社カメ(社員カメラマン)が、会社の備品であるデジカメを持たされる機会が多かった。それ以後、『ゴング』に載った女子の試合写真はほとんどデジタルだ(たまに原記者が「写るんです」で撮ってるけど)。

 当時、プロレス会場にもデジカメを持つファンがちらほら見えた。新しもの好きの僕は、今思うとタイミングの合致に驚くが、その2001年11月に初めてデジカメを買っている。

 GAEAの選手を新横浜駅付近の喫茶店で取材したあと、思い立って目の前にあるビックカメラへ。価格が予算の範囲内でデザインも気に入った320万画素機を眺めていると、店員が「それは本日発売です」と言う。迷わず“買い”だ。これが僕の愛機1号「C−3100ZOOM」との出会いである。



試合後のコメント風景を撮る

 今でこそリングサイドで試合を撮ったりもするが、愛機1号の当初の任務は、試合後のコメント写真を押さえることだった。女子の会場に派遣されるカメラマンは通常、一人。赤コーナーの選手と青コーナーの選手が別の場所で同時にコメントを出すと、そのどちらかにしかカメラマンを送れない。そこで、勝者のほうへ原記者とカメラマンが行くとなれば、僕が敗者のほうへ行き、コメントを録音しながら写真も撮るわけだ。

 また、カメラマンは機材の片付けに手間がかかるので、記者の判断で「もう撮らなくていいです」と、先にマスコミ控室に帰すことがある。そんな時に限って、選手が思わぬ表情を見せたりする。


(写真A)
 GAEAの2001年12月15日、川崎市体育館大会。アジャ・コングを破って新AAAWシングル王者となった里村明衣子がコメントを終えると、師の長与千種がすれ違いざまに声をかけた。「よく頑張った。おめでとう」。里村の目が見る見るうちに赤くなる。この時、現場でカメラを持っていたのは僕と『週刊ファイト』の入江カメラマンだけ。里村と長与が握手するシーンは、同大会を報じた『Lady'sゴング』vol.70に載せた。長与がファンからもらった花束が色鮮やかで、印象に残る一枚(フィルムじゃないから一画像?)だ。(写真A)


(写真B)
 今をときめく佐々木健介ファミリーの北斗晶と健之介クンのツーショットも、試合後のコメント風景で忘れられない名場面の一つ。2002年4月7日、横浜文化体育館。北斗は自らの引退試合を終え、血がこびりついた顔を愛息の前にさらした。健之介クンがヒールメイクの母に訊く。「ママ、その赤いのなぁに?」。一瞬眉をひそめた北斗の答えは…「ん? クレヨンだよ、クレヨン」。だった。(写真B)




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