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第1回 「日本で唯一の“女子プロレス・ライター”参上!」
第2回 「きっかけは『週プロ』への投稿だった」
第3回 「涙が止まらなかった府川唯未引退試合」
第4回 「スペシャル・インタビュー with ライオネス飛鳥」
第5回 「若きスター選手・浜田文子退団に関する、僕の見解」
第6回 「スペシャル・インタビュー with 井上貴子(前編)」
第7回 「スペシャル・インタビュー with 井上貴子(後編)」
第8回 「『レディゴン』休刊!? どうなる女子プロレス・ライター」
第9回 「祝!『格闘はまり道』スタート 〜5・2ドーム極私的観戦記〜」
第10回 「『ガイア・ガールズ』のパンフに原稿を書いた」
第11回 「北条志乃×田中正明 〜数少ない「同業者」対談〜(前編)」
第12回 「北条志乃×田中正明 〜数少ない「同業者」対談〜(後編)」
第13回 「GAEA事務所に“軟禁”されちゃった(笑)」
第14回 「堀田祐美子がGAEAを襲った“一部始終”」
第15回 「『アイドル』と『女優の卵』が女子プロレスを救う!?(前編)〜HJPGの巻〜」
第16回 「『アイドル』と『女優の卵』が女子プロレスを救う!?(後編)〜アストレスの巻〜」
第17回 「10・20『興行戦争』を総括する、はずが…」
第18回 「『レディゴン』vol.74、出ました、売りました」




デンチューの取材日誌(2002年11月16日〜12月20日)


日付
行動
●12月1日(日)
東京キネマ倶楽部で『ヤングスター対抗歌合戦』を取材する。これはJWPが主催し、全女、LLPW、NEO、K−DOJOの若手選手が紅組・白組に分かれて歌を披露するイベントで、試合は行なわない。始まってア然とした。歌詞カードを手にして舞台に立つ選手がほとんどではないか。お前ら、それでもプロか! と野次を飛ばしたくなった。無料のファンサービスではなく、れっきとした有料イベントなのに。それも3〜4千円といい値段を取っている。顔見知りの女子プロファンが「これはひどい…。後楽園に全日本を観に行けば良かった」と溜め息をついた。まともなのはK−DOJOの面々(お船アップルみゆきwithDJニラ)ぐらいで、あとはプロ意識もサービス精神もない選手ばかり。渡辺えりか(JWP)の山本リンダは気合いが入っていたが、逆にハマり過ぎて笑えなかった。全て観終えて編集部にTELし、原記者に伝言を頼む。「こんなの載せる価値ありませんよ」と。スペースがもったいない。その分、どこかの団体のこぼれた試合を大きく載せるべきだ。フロントは選手を甘やかし過ぎだよ。彼女たちが女子プロレスの未来を担っていくかと思うと、オレの商売も上がったりだなぁ。山手線で渋谷へ。師走初日ということでマダム会(吉田万里子&府川唯未)と忘年会を開く。豆腐メニューがメインの居酒屋で食べた、作りたてのザル豆腐が美味かった。「こんな温かい豆腐食べるの初めてかも」と言ったら、フカワが「湯豆腐は?」。いや、そういう意味じゃなくて(笑)。
●12月2日(月)〜3日(火)
「100大ニュース」の写真集めを原記者と進める。
●12月4日(水)
NEOの北沢タウンホール大会へ。元HJPGの西田夏ちゃんが、一ファンとして観戦に来ていた。しかし、アイドル軍団のいないリング上は、どことなく明るさを失ったように見えた。全試合終了後、チャパリータASARIが近くを通ったので、「ASARI興行の載った『ゴング』見た?」と話し掛けたら、「見たよ。田中さんでしょ、『スカイツイスターのスピードが落ちた』って書いたの。親戚に笑われたんだから。スカイツイスターは昔と変わんない。コーナーに上るスピードは落ちたけど」とのこと。なるほどね。なんともASARIらしいクレームで、お互いに苦笑してしまった。
●12月5日(木)
午前10時に都内の現場に集合して、映画『プレイガール』のロケを取材する。大向美智子&藤田愛&石川美津穂の女子プロ版“プレイガール”が殺し屋役で出演するのだ。主演はイエローキャブの佐藤江梨子。大向発案のユニット名がスポーツ紙に載り、それを同作準備中のプロデューサーが目に留めた…という、冗談のようなホントの話でキャスティングが決まった。PGのメンバーだった東城えみが頚椎骨折で入院したため、代わりに藤田が入っている。大向たちのカットがOKとなり、午後3時に現地解散。ファミレスで軽食を取りながら3選手にインタビューした。どういう形で『レディゴン』に載せよう? 単なる映画紹介ではつまらないし。石川がアストレス・マネジャーの通称「プクちゃん」と共に東城の見舞いに行くというので、少し迷ったが同行する。なぜ迷ったかというと、病室でパジャマ姿で寝ている女性を見舞うのは、なんとなく気が引けるから。病院の臭いも落ち着かない。ところが東城は別の病院にある美容室で髪を切るため、外出中だった。再びタクシーを拾って東城を追うと、ほかのアストレスたちも見舞いに来ており、喫茶店で話し込んでいた。東城の胸部から上には、首を固定するための器具が装着されていて、見るからに痛々しい。大向や石川のコメント、東城の思い、帰りの電車内での石川との雑談から、なんとなく書きたいテーマは見えてきた。が、締切りの早い「100大ニュース」にケリをつけないと取り掛かれない。もうしばらく、このネタは寝かせておこう。
●12月6日(金)〜7日(土)
写真集めを続ける。昨年(H13年)の暮れぐらいから、日本スポーツ出版社では女子プロの試合写真をほとんどデジカメで撮っており、CD−Rに保存している。編集部にパソコンは何台もあるが、僕と原さんの使い慣れた機器が同じため、並行して作業ができず効率が悪い。仕方がない、原さん、お先にどうぞ。ついでにコレとコレとコレと、ここのページもお願いしちゃおうかな〜。
●12月8日(日)
アルシオンの後楽園ホール大会へ。例年はシリーズを通して行なうツインスター・リーグ戦が、今年はワンデイ・トーナメントに変更された。リーグ戦だと、所属の少ない団体ではフリー選手の日程を押さえるのが面倒だし、何より最終日しか客が入らない。ならば優勝決定戦だけやろう、という感覚か。井上貴子&玉田凜映組が優勝したが、貴子やシャーク土屋の出番が増えるほど、アルシオンはアルシオンでなくなっていく。ファイトスタイルが違う。目指すものが違う。そもそも、今のアルシオンに「目指すもの」はあるのか。この週は女子の試合が少なく、『週刊ゴング』で3ページも(!!)使えることになった。カラーの決勝戦は原記者が書き、モノクロ2ページを僕が担当する。1ページは準決勝までのダイジェストとし、もう1ページは「大会総括」と称して、前述の問題提起をしようと考えた。だが、優勝者に水を差すのもどうかと思い、筆が鈍る。とりあえず、寝よ。
●12月9日(月)
鈍った筆は、完全に止まった。ワープロの変換キーを叩いてはDELキーを押す。いくら悩んでもほんの数行が埋まらない。ダメだこりゃ、と投げ出すわけにもいかない。刻一刻と締切りが迫る。血管が切れそう、という状況を生まれて初めて味わった。あと1時間も悩んでいたら、良くて内出血、悪くて脳卒中だった。マジで。
●12月10日(火)〜11日(水)
ようやく「100大ニュース」のレイアウト出し。写真が揃った見開きごとにラフを書いて、バイト君にデザイナーの事務所まで届けてもらう。細かいページになりそう。
●12月12日(木)
「100大ニュース」の中で、最終的に写真の見つからない項目があった。一つはNo.083の「さるぼぼマスク」で、これはJWPに頼んで送ってもらうことに。もう一つはNo.091の「女子プロ系飲食店が3軒オープン」のうち、ハーレー斉藤&立野記代の店と、元Coogaこと神谷美織さんの店だ。これは自分で写真を撮りに行こうと決めた。まずは後者の「食酔YA−はやと」へ。ランチの鯛めし(高級玉子ごはん?)に舌鼓を打ったあと、ウェイトレスをしていたおばっち飯塚を交えてカウンター周りを撮影した。夜はハーレー&立野「DRINK BAR GOHAN −悟飯−」を訪ねる。ここでも客の一人として飲み食いしてから、パッパとMyデジカメにデータを収めた。店は細長い造りで10人も入れば満席。居心地が良く、ついつい杯を重ねてしまった。帰りは目黒にあるデザイナーの事務所に寄って、カメラからパソコンのキーボードにケーブルを繋ぎ、必要なカットをコピーした。さあ、レイアウトができたら入稿だぞ。
●12月13日(金)〜14日(土)
原記者と分担して原稿を書く。初校が写植屋からFAXで送られてきた時、あまりの“濃さ”に「このページ、文字文字してるぅ〜」と可笑しくなった。下段の年表は7Qで、拡大コピーを送ってもらわないと校正ができない。読み応えあり。この特集は今号の売りになると確信した。
●12月15日(日)
昨夜は水道橋のサウナASUKAに泊まった。二度寝して起きたら、満員だった仮眠室には3、4人しか残っていない。もう午後の2時。合計10時間は寝たな(笑)。ここ数日、編集部の床(トコではない。念のため)で仮眠したから、疲れが溜まっていたのか? もし今、僕に定住する部屋があったら、とっくに布団をかぶって引きこもりになっている。数年前にその実例があり、収入が途絶えた僕は…(以下、暗い話なのでカット)。
●12月16日(月)
編集部で作業。「女子プロレス大賞」の原稿をサクサク進める。「プレイガール」は東城の怪我を題材にしたが、重くならないよう淡々と綴った。仕事を絞ったおかげで校正に集中できるのが嬉しい。本当は書いて書いて書きまくった方が、フリーとしては正しい道なんだけど。
●12月17日(火)
時間ギリギリまで編集部で校正を行ない、アルシオンの駒沢オリンピック公園屋内球技場大会へ。メインではクイーンのベルトを防衛した大向美智子が、挑戦者の吉田万里子と固い握手。AKINOと藤田愛を挑発し、大向&吉田組VSAKINO&藤田組の世代闘争の機運が高まった。脳卒中寸前で書き上げた12・8後楽園大会の原稿では、無難に「AKINOと藤田に期待したい」と締めた。その通り、やはりこの二人がアルシオンの主役にならなきゃ嘘だ。大向に呼び出されるまでもなく、自分たちからリングに上がってほしかった。若手にとって“フライング”は罪じゃない。どんどん飛び出せ! それにしても冬の駒沢は極寒だった。帰りに原記者とフリーの伊藤記者を誘ってラーメン屋に入る。伊藤さんは「めっちゃ寒かった。もうアルシオンは嫌い、二度と行かないと思っちゃった」と凍えていたが、とんこつラーメンで温まり機嫌が直った。そのまま原さんと編集部に戻る。明日はいよいよ校了日だ。
●12月18日(水)
情報欄の原稿を朝のうちに入れ、僕の担当ページは終了。ほかのライターのページで抜けているリードや見出し、選手のプロフィールを埋める編集作業に回る。いつもは『週刊ゴング』の編集部でワープロを叩いているが、今回の『レディゴン』は隣室の“旧・ゴン格編集部”こと編集企画部が制作しており、僕もそちらのテーブルを借りて作業した。右手に宮地編集長、正面に原記者。フットワークの軽いバイト君もいて効率良く仕事が進む。過去には僕の原稿が一番遅く、関係者を怒らせたことも多々あったが、それを見越して担当を減らしたのは正解だった。その分、泉井記者に負担が掛かったと思うが、苦労は原稿料として跳ね返ってくる。僕は『レディゴン』1冊で30〜40万円ぐらいの入金があった。増刊の『女子プロレス パーフェクト技GUIDE』では、もっと。しかし、この『技GUIDE』を作った翌月に引きこもりになったのだから、稼ぎ過ぎ、働き過ぎも考えものだ(弱い人間だねぇ)。今だに『技GUIDE』は選手に読まれているらしく、アストレスの石川美津穂に「面白いですよ」と言われた。いずれは続編を出したい。廃人覚悟で?
●12月19日(木)
昨夜校了した『レディゴン』が、昼過ぎには配本されてきた。さすが大日本印刷。開いて真っ先に見つけたのは、「プレイガール」のページで“ニーナちゃん”の写真が、画質を落としたアタリ画像になっていたことだ。ショック! この写真だけ僕のデジカメで撮ったもので、同じ見開きのほかの写真は東映から借りたポジフィルムだった。ポジの入稿は自分でも確認したが、このJPEG写真は、デザイナーがレイアウトのデータに組み込んだものと思い込んでいた。青ヤキが出れば気付いたのだろうが、原稿を校了前日に入れたため、写植屋とのFAXのやり取りで校正が終わってしまった。というわけで、『レディゴン』を買って「なんか変だな」と思った方。当タリです。まあ、後悔先に立たず。編集企画部の武田&相良両君と飲みに行き、忘れることにした。いや、やっぱ悔しいなぁ。
●12月20日(金)
ライター伊藤さんが掲載誌を取りに来るというので、忘年会を開くことに。と言っても、急だったので誘えたのは『レディゴン』初参戦、格闘技ライターの茂田氏のみ。前にもこの3人で「かぶき」へ行ったっけ。僕の希望でCoogaの「はやと」に予約を入れる。神田岩本町にあるので、編集部からはそう遠くないことと、神谷さんに直接、本を渡したかったのだ。先日、撮影のためにハーレー&立野の店を訪ねた際、先に寄った「はやと」の写真をデジカメで見せた。するとハーレーが「この人が旦那さんか。幸せそうだね」と言った。その後、ネットの検索で知ったのだが、神谷さんと店長の稲子さんは結婚を前提に店を持ったとのこと。僕がこの業界の人間関係に疎いのは今に始まったことではない。が、そうと知ったら神谷さんに「おめでとうございます」と言いたくなった。ところが、いざ店に入るとそんな話題は切り出せず、ライター3人でちゃんこ鍋を囲む。すると、神谷さんの方から「あまり話せなくてごめんなさい。今…」と、まさに“おめでた”を告げられた。引退した選手が幸せだという話を聞くと、涙が出るほど嬉しい。熱くなる目頭をおしぼりで押さえながら、今宵も酔いが回った。終電間際まで1時間、神保町のカラオケで2次会。最後は『バクバクkiss』で締めた。茂田氏は歌えなかったけど。

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