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2002.3.19 UPDATE
田中正明
text by Masaaki Tanaka
| 【第7回】 スペシャル・インタビュー
with 井上貴子(後編) |
| ※第6回を未読の方、読んだけど忘れたという方は、まずそちらからどうぞ! |
――貴子さんが認める現役アイドルレスラーは、本当に一人もいないんですか?
貴子 まあ、パッと見てかわいいと言ったら納見ぐらいだけど。
――全女の納見佳容(のうみ・かよ)。
貴子 でも、あの子がアイドルレスラーとしていいかと言えば、私は悪いと思うし。
――その善し悪しの基準は何ですか。
貴子 前に比べたら良くなったと思うよ。でもレベルが低すぎる。
――ああ、試合の。
貴子 納見の試合を観て感動したことは一度もないの。応援したくなったこともそんなにないし。ファンの立場になれば、その選手の試合を観て笑うよりも感動したいじゃない。頑張ってるのは見えるけど、頑張るのは当たり前。ワッキー(昨年12月に引退した納見のパートナー、脇澤美穂)がいなくなって、自分がやらなきゃ、という気持ちも伝わってくる。でも動きが伴ってない。多分、練習が足りないんだと思う。
――でしょうね。本人はしてるつもりでも。
貴子 練習はしてるけど、死んじゃうかも知れない…呼吸困難に陥るほどのハードな練習ではないと思う。昔は先輩が大勢いて、横目でチロチロ、チェックされてたからサボれない。どこでも一生懸命やってないと、あとで何を言われるかわかんないし。だから、そういう先輩がいて良かったなぁと思うんだけど。今はね(笑)。
――当時の全女は、引退した選手が専属コーチとして呼ばれ、練習生から鍛えてましたけど、今は現役が後輩を教えている。自ずと限界はあります。
貴子 私の場合は同期の京子が辛口だったから、「貴子はここがダメなんだよ」とはっきり言ってくれた。それでビデオを見て研究して、自分に足りないものは瞬発力だと分かったの。じゃあ、瞬発力を養うにはどうすればいいか。人に相談して「ボクシングをすればいい」となって、対抗戦(92年秋からの女子プロ多団体交流時代)の前に、朝練でボクシングを始めたのね。そうしたら、試合でやられっ放しでも、いざやり返す時にパパパッと動けるようになった。その辺からかなぁ。マスコミの扱いが変わってきたのは。
――団体対抗戦は大きな転機でしたね。
貴子 そう。その前に辞めようと思ってたもん。当時、ローカルの試合は年功序列のカードが多かったの。新人が前座、私たちの年代が真ん中で、先輩が後半からメイン。でも、後楽園ホールやそれ以上の会場になると、先輩でも真ん中に落とされたり、1年上の豊田(真奈美)さんや京子がメインに組まれたりする。ああ、これがプロの世界だな、って。私はこのまま行ったら、真ん中に落とされる先輩のようになる。そうなる前に辞めようと思ったの。そうならないように努力する、じゃなくて。
――ハハハ。
貴子 散々、つらい練習をしてきたのに、これ以上するのかと思ったら…。いい歳だし、結婚すんべ、と(笑)。で、会社に「辞めます」と言いに行ったのかな? そうしたら、「対抗戦が始まるから出てみろ」と言われて。パートナーの堀田(祐美子)さんも、その頃は“真ん中に組まれる先輩”の一人だったの。相手はJWPの尾崎魔弓と福岡晶(ひかり)。それまで私はJWPをバカにしてたんだけど、試合が始まったら、尾崎に振り回されてる自分がいて。あ、この人たちは凄いんだと思っちゃった。それに乗せられて、いつもの倍以上の力が出た。楽しかったな、あの試合は。
――そこから気持ちも切り替わった?
貴子 変わった。身体も勝手に動くようになったし。それまでは、先輩の技を受けてれば文句を言われない…やり返して怒られるのはイヤだ、と思ってやられっ放しだった。だけど、対抗戦を経験して、先輩とは追い抜かなきゃいけない存在なんだ、と改めて分かったの。ここは生き残りの世界。どうやって生き残ればいいかを、初めて考えたよね。
――そこで貴子さんの武器となったのが、やはり「アイドルレスラー」の肩書きでした。『週刊プロレス』が初の女子プロ増刊(93年4月2日、横浜アリーナ大会)を出した際、表紙に貴子さんとキューティーさんが対峙した写真を載せたのは、それが一目で「女子プロだ」と分かる光景だったからです。アイドルレスラーが女子プロの顔になった。
貴子 あれにはビックリしちゃった。当時、アイドルと呼ばれたキューティーにしても、工藤(めぐみ)さんにしても、試合がちゃんとできたからやりがいがあった。うん。あの頃は横浜アリーナとか東京ドームとか、会場も派手だったよねぇ。気分が違ったよ。 |
――その女子プロ界が、ここまで落ち込んだ原因は何だと思いますか。
貴子 プロレスをやりたいと思わない子が、多くなっちゃったんじゃない? 時代のせいにしていいのかわかんないけど、昔ってさ、どんなに悪い人…不良や暴走族でもスポーツをやってたと思うの。バスケットで汗をかくのが青春だ、とか。でも今って、そういう子たちは運動しないじゃん。プロレスラーより浜崎あゆみになりたいんだよ、みんな。
――モー娘。とか。
貴子 うん。そういう時代なんだと思うよ。
――この先、女子プロ界に明るい未来は訪れるでしょうか。
貴子 私が新人の頃に着た服が、最近、流行りだしたりしてるので、時代が巡ってるのは確か。でも、女子プロレスが時代に合わせる努力もしなくちゃいけない。コスチューム一つ取ってもね。あとは試合のレベルが全体的に落ちてるから、どうかな、と思うよ。とにかく団体が多過ぎる。みんなが一つになったら、まあ、いいんじゃないの。
――今は各団体に10人前後の選手しかいなくて、ボリュームが感じられません。
貴子 そうだよねぇ。私が2、3年目くらいの時期に、夏のオープン(屋外試合)で1日9試合あったよ。1、2、3試合が新人のシングルマッチ。4で中堅の6人タッグがあって、5からセミまでがタッグやシングル。最後、メインがまた6人なの。
――30選手はいましたからね。当時の全女は。
貴子 料金はそんなに変わらないのに、今は後楽園ホールでも4か5試合だったりするでしょ。いいのかな、と思うよ。
――新人はなかなか入って来ない。入っても育つ前に辞める。“万年・中堅”は元気がなく、ベテランは年を追うごとに身体がたるみ動きが悪くなっていく。厳しいけれど、それが女子プロ界の大まかな現実です。その中で、僕が貴子さんを評価しているのは、太腿がシェイプされていること。相手をフォールする時の、ピーンと伸びた両腿が美しい!
貴子 アハハ。こまか〜(苦笑)。あのね、昨年の10月に写真集の撮影があって、そのあと芸能の仕事が忙しくて、年末まで1回も練習ができなかったの。2カ月の間、1回もだよ。正月も実家でグータラしてたんだけど、ある日、鏡を見たらビックリたまげた! 自殺したくなるほど醜くなってたのよ。強くなりたいとか、身体を動かすのが好きだからというのもあるんだけど、今は体型を戻すために練習してる。だって、元アイドルレスラーなんだから。その面影を残しておかないと、お金を払って観てもらう価値がないよ。
――今もアイドルですよ。アダルト・アイドルレスラー。
貴子 アハハハ。まあ引退するまで、そういう肩書きはついて回るよね。
――引退の時期は、もう決めているんですか。
貴子 体力の限界が来たら、かな。今は月に数試合だから(長く)持つことは持つんだけど。それが、あと1年なのか2年なのかは…。でも、プロレスをイヤになって辞めたくはないよね。好きで入って、ある程度は名前が売れたんだから、やっぱり「プロレスラーになって良かった」と思って辞めたいじゃない。それを再確認していくことが今後の課題かな。最後に「ああ、楽しかった」と思えれば、イヤなことは全て忘れちゃう。多分。今はちょっと冷めてるとしても、何かのきっかけで、また面白いと思うことがあるはず。そのタイミングに、パパッとね(笑)。許されるなら、完全燃焼したその日に「すいません、今日で辞めます」って言いたいよ。引退試合がいい試合とは限らないから。でも、周りは色々と準備があるだろうし、私も花束の一つはもらわないと寂しいじゃん。ねっ。 |
井上貴子は試合中、両足を無造作に伸ばして相手に乗っかる(押さえ込む)ことがある。インタビューでも触れたが、その際の太腿に僕はアイドルレスラーの色気を感じる。鍛えているからといって筋張ったわけでもなく、もちろん、脂肪でたるんでもいない。その適度なバランスを保てなくなった時が、彼女の「体力の限界」なのではないだろうか。
ライオネス飛鳥選手に続く女子プロレスラーへのインタビューだったが、この先、誰と話しても女子プロ界の明るい展望は聞けそうにない。そんな気がした。筆者も、今ある団体のスタッフには申し訳ないが、一度“ビッグバン”が起きなければ、業界再生の道はないと考えている。取材後、テープ起こしをして、ふと気になった貴子の言葉がある。
「プロレスをやりたいと思わない子が、多くなっちゃったんじゃないの?」
普通は「プロレスをやりたいと思う子が、少なくなった」と言うはずだ。貴子は特に意識せず発したと思うが、こんな細かい言い回しにも、今後の女子プロ界に対するネガティブな主観が感じられてならない。それは僕自身がネガティブ思考だからなのか…。
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データ
MAKE LOVE 2
―井上貴子写真集
ワニブックス
¥3000(税抜) |
井上貴子から見た“女子プロレス・ライター” 取材:編集部
「田中君はレスラーの短所も長所もよくわかっている人。いいものはいい、ダメなものはダメってはっきりして言うしね(おべっかも使わないし)。そういう意味でも彼からのインタビューは受けやすいんだ。何を聞き出したいのかのポイントが絞れているし、質問も細かいから、こちらもどういう風に答えればいいのかがわかる。インタビュアーの中には、結局何が聞きたいの?って人が多いから。あと誰も気づいていないポイントとか見ていたり、他人と見方が違うところもあって面白い存在だね。でも、それってある意味すごく勉強しているんだよね。田中君ってマニアックだなぁって思うことも多いけど(笑)」 |
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| ■デンチューの取材日誌(2002年2月26日〜4月7日) |
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