2001.11.12 UPDATE


田中正明
text by Masaaki Tanaka


【第1回】 日本で唯一の“女子プロレス・ライター”参上!

 K−1やPRIDEの台頭により、今や“コンビニ”の雑誌置き場は立ち技&総合格闘技ブーム真っ盛り。しかし、話題の中心には桜庭和志や小川直也、はたまた“プロデューサー”アントニオ猪木らプロレス業界の方々がいて、古株の『週刊ゴング』『週刊プロレス』という、プロレス専門2誌もまだまだ負けてはいない(週刊K−1、なんて見たことないでしょ)。新聞のラックにはタブロイド版の『週刊ファイト』が刺さっていて、これはプロレス専門「紙」。風俗紙『内外タイムス』の一面もプロレス・ネタばかりだ。

 そんなプロレス・マスコミの一つに、ほぼ月1回ペースで発行される女子プロレス専門誌『レディース・ゴング』――略して「レディゴン」――がある。ちなみにコンビニにもキヨスクにもなく、書店&プロレス・ショップにて発売中だ。前述した『週刊ゴング』の姉妹誌で、表紙のロゴは「Lady's週刊ゴング」だが、定期刊行物ではなく増刊扱いとなっている。だから「週刊」の2字は見なかったことに…。その『レディゴン』を主戦場とするライターが僕。日本で(世界でも?)唯一人、女子プロレスに関する原稿のみで飯を食うフリーランサーだ。飯だけじゃなく毎晩ビールを飲む余裕も、一応ある。
筆者の主戦場
『Lady's週刊ゴング』(vol.68)

 両親が小さな書店を経営していたため、物心ついた時から本に触れ、将来は小説家かマンガ家になりたかった。いつしか映画ファンとなり、高校時代にアルバイトをして中古の8mmカメラを購入。同級生と自主映画同好会を発足する。12〜13分の短編を1本撮っただけで、図に乗ってシナリオライターを志したことも。いずれも夢のまた夢だが、とりあえず本稿が証明するように、人様から依頼が来る「もの書き」の端くれにはなった。

 映画と並んで10代の初めから好きだったのがプロレスだ。『太陽にほえろ!』から『3年B組金八先生』を経て、金曜夜8時の定番は『ワールドプロレスリング』に変わる。家族4人のうちプロレス・ファンは僕だけで、チャンネル権争いは予断を許さなかったが、レストランで皿洗いのバイト中も、厨房のTVに釘付けになるほど夢中になった。もちろん、コックに叱られたが…。高校の全校集会で『週刊ゴング』を読んでいたら、担任に見つかって取り上げられ、授業を抜け出しコンビニに買いに走ったりもした。確か藤波辰巳(現・辰爾)VS前田日明の試合が載っていた号と記憶する。当時、映画の方は三百人劇場の「ソビエト映画の全貌」に通ったり、三鷹オスカー(懐かしいな…)の固い椅子に“3本立6時間”座り続けるマニアだったが、プロレスをライブで観たことは一度もない。社会人になり、会社の先輩に誘われて新日本プロレスの後楽園ホール大会に行くまでは。

 現在では、取材という名目で月間10試合は会場でタダで観る。それも女子だけ。全日本女子プロレス(通称=全女)、JWP、LLPW、GAEA JAPAN、吉本女子プロレスJd’、アルシオン、NEOの7団体があり、主にGAEAとアルシオン、たまに全女とNEOに行く。あ、そうそう、Slow Train 編集部の皆さん…。「女子プロレス・ライター」には必ず「・」(ナカグロ)を入れて下さい。「女子プロレスライター」だと、女性のプロレス記者と誤解されそうなので。とはいえ、女子抜きのプロレスライターを名乗る人さえ聞いたことがない。普通はフリーライターと呼ぶのだろう。男のライターが、どんなジャンルであれ「女子」を冠につけることもないのでは? そうなると、僕の肩書きはますます珍しいものに思える。

 僕は女子プロレスをこよなく愛している。それでものを書き、飯を食っていることが誇りである。だからこそ、の「女子プロレス・ライター」。このジャンルへの熱き想いと、こんなバカでも編集者兼ライターになれたカラクリを、次回から綴っていきたい。お付き合いの程、よろしく。
 
デンチューの取材日誌(2001年10月20日〜11月5日)





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