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・'04年6月6日/東京・後楽園ホール(全女)
・'04年6月13日/東京キネマ倶楽部(NEO)
・白いベルトを継ぐ者
'04年5月30日/東京・後楽園ホール(LLPW)
・久々に観たLLは…楽しかった!
[レヴン寛香VS藤枝恵子、小河真子VSレヴン寛香]

'04年5月5日/東京・後楽園ホール(NEO)
・我闘姑娘の“きっず”に驚いた!
[さくらえみ&さくらえび★きっずVS零&蒲原唯&市井舞]

'04年3月20日/千葉・Blue Field(第2回『お船の森』)
・納見佳容の広き肩
[納見佳容VSお船]

'04年3月7日/東京・後楽園ホール(ダイアモンド)
・アップルみゆきの赤い胸
[未来VSアップルみゆき]

'04年2月15日/東京・後楽園ホール(AtoZ)
・堀田さん、楽しそうですね
[中西百重VS堀田祐美子]

'04年2月2日/東京・渋谷club ATOM(NEO)
・未来、敵地で輝く
[田村欣子VS未来]

'04年1月25日/バトルスフィア東京(AtoZ)
・マタドーラ仲村由佳
[闘牛・空VS仲村由佳]

'04年1月11日/東京・後楽園ホール(GAEA)
・なんと贅沢な2分32秒
[長与千種&山田敏代VSアジャ・コング&豊田真奈美]

'03年11月3日/東京・後楽園ホール(NEO)
・子役と動物には勝てない」と言うけれど
[田辺優VSDJニラ]




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6月の新人物語

['04年6月8日/東京・北沢タウンホール(M's Style)/大向美智子 VS MICKEY☆ゆか]
['04年6月16日/東京・後楽園ホール(AtoZ)/玲央奈 VS 華名]








 神奈川県相模原市出身の遠田由佳(えんた・ゆか)は、2002年6月23日、今はなきアルシオンという団体に入寮した。当時23歳。

 彼女には二人の同期がいた。江本敦子と北尾由賀梨だ。江本は翌年の2月に後楽園ホールでデビュー。現在は闘牛・空(ぶるふぁいと・そら)なる奇抜なリングネームでツノの付いたマスクを被り、ユニークなキャラを演じている。北尾は江本に遅れること2ヵ月、2003年4月に後楽園ホールでデビュー。その後、本名の由賀梨を柔らかく“かな”にして、北尾ゆかりと名乗っている。

 2003年6月7日、大阪府大阪市出身の浦井佳奈子(うらい・かなこ)が、アルシオンの練習生に加わった。遠田より二つ年下の当時22歳。

 浦井が入門して半月後の6月24日、堀田祐美子を社長とする新団体「メジャー女子プロレスAtoZ」の設立記者会見が行なわれ、その席に旧アルシオンのメンバーが揃った。遠田や浦井が憧れて入ったアルシオンは、AtoZに吸収合併されたのだ。すべての先輩たちが移籍したと同時に、道場と寮もAtoZに引き継がれたため、二人の練習生は悩む間もなく新団体の一員となった。 

 しかし同年11月から12月にかけて、AKINO、吉田万里子、babyA(現=BabyM)らがフリー宣言。吉田とAKINOに長く練習を見てもらった遠田は、二人のあとを追い、デビューもできぬままにAtoZを辞めた。翌年1月、吉田を代表としてフリー選手を集めたユニット「M's Style」が発足。4月の旗揚げに向けて動き出した。その発表記者会見には、入口で資料を配る遠田の姿があった。

 遠田には二人の同期がいた、と過去形で書いた。女子プロレス界における「同期」とは、通常、同じ年度にデビューした者のことを言う。かつて全女には「(昭和)62年組」「(平成)元年組」などという呼称があったが、入門志望者の減少により廃れた。近年では13年組が5名いたものの、辞めずに残ったのは前村早紀ひとり。

 デビューが次の年度に遅れたり、一度辞めて数年後に復帰(再デビュー)した選手は、かつての後輩と同期になる。所属は違えど、2004年4月以降にズレ込んだ遠田は、その時点で浦井と同格になってしまった。江本と北尾は、2月と4月で年度は異なれど、近い時期なので同期と認められている。

 4月4日、ディファ有明でM's Styleが華々しく旗揚げしたが、そのリングに試合用コスチュームを着た遠田はいなかった。3月のカード発表の時点で、技術的、体力的にデビューは無理と判断されたのだ。その頃、AtoZの地方興行では、浦井がエキジビションマッチで経験を積んでいた。彼女のデビュー戦は5月4日の後楽園ホールと発表された。遠田は焦ったに違いない。この世界に入って2年が経とうとしていた。M'sの都内第2弾興行は6月8日の北沢タウンホールまでない。浦井に先を越されてしまう…。

 まるで、プロレスの神様が遠田の哀しみを癒すかのように、浦井のデビューが延期となった。練習中に右肘を脱臼したのだ。次の後楽園ホール大会は6月16日。怪我の回復具合にもよるが、浦井はそこに照準を絞った。

 遠田は2年、浦井は1年の練習生期間を経て、運命の6月に相次いでデビューした。

「ディズニー大好き」の遠田は、MICKEY☆ゆか(写真上2点)というリングネームで大向美智子の胸を借り、アルシオン時代からのファンや友人たちの声援を浴びた。

 その8日後、浦井は華名(かな=写真下2点)と称して後楽園のリングに立った。玲央奈のナックルを食らって差し歯が飛び、その隣の前歯も折れ、口内を血だらけにしての苦い初陣だった。敗れて玲央奈の手を握った華名の涙を見て、リングサイドで写真を撮っていた僕はもらい泣きしそうになった。

 余談ながら、僕がプロカメラマンに混じって後楽園のリングサイドに入ることは滅多にない。いや、全女の広報時代を除いては初めてかも。そこまでして浦井を撮りたかった…わけではなく、この日のAtoZの客入りがあまりにも悪かったので、お客さんの邪魔にならないだろうと判断したまで。

 超満員の北沢タウンホールと不入りの後楽園ホール。二人の新人に送られた観客の声は、ほぼ同等に聞こえた。それでもMICKEYは、華名に対してジェラシーを抱いているだろう。「私も1年でデビューしたかった」「後楽園のライトを浴びたかった」と。

 AtoZが設立会見を開いてから、ちょうど1年経った6月24日。『AtoZ創立1周年記念大会〜暴走祭り〜』のカードが発表された。その中に、当分交わることはないと思われた、M'sの吉田万里子の名があった。ならば、いずれMICKEYと華名がぶつかる可能性もある。

 僕が担当した『週刊ゴング』(1027号)のインタビューで、MICKEY☆ゆかは「浦井のデビューが先に決まって、内心、穏やかじゃなかった」と答えている。それでいい。遠田がAtoZを辞めたからといって、浦井は何の恨みも持っていないはず。だが、MICKEYの心に消えない“しこり”があるからには、華名との試合はきっと激しくなる。(記:6月29日)



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