映画「花とアリス」(岩井俊二監督)や「世界の中心で、愛をさけぶ」(行定勲監督)を撮り終えて、平成16年6月、カメラマン篠田昇は他界した。撮り終えて、という言葉はむなしさを感じるとともに、彼を表現する言葉としては正しくないような気がする。それは、ひとつの映画の始まりと終わりが一体どこにあるのか、多分そんなものありゃしない、ということを私が知っているからかもしれない。だからまだまだ撮り終えてなんかいないぜ、という彼の思惑が聞こえてくるような気がする。
たまに会っていた新宿の飲み屋で彼はよく撮り終えた映画、これから撮る映画の自慢話をした。自慢というと語弊があるかもしれないが、彼を知る人にとっては理解できるニュアンスだと思う。要するに、新しい撮影のアイディアを得々として語るのだ。それは今は一線を離れてしまったが彼と一緒に映画を作っていた私にとっては新鮮で興味深いものであり、楽しいひと時でもあった。
初めてメインカメラを回したエピソード。特別なクレーンを作ったCM撮影。デイライト・フィルム増感のおもしろさ。シネスコのカメラやレンズをアメリカのレンタル会社に借りにいったこと。この時、まだ日本の映画で使われたことのない事実に出くわした彼の喜び。そして、それからしばらくぶりに会った時「これからの映画はデジタルだぜ」と昇らしくない言葉を耳にした私の驚き。
なにぶん酒の席だったので、会話は次から次に別の話題に花を咲かせていった。
また出版編集という仕事柄、彼の噂を耳にする機会もそれなりにあった。現像所泣かせの篠田、機材屋泣かせの篠田、映画番長と呼ばれていた篠田、いつしか「光のマエストロ」とも称されていた等々。
これらの噂の輪郭が、突然の葬式の日の彼を慕う心優しき人々の話ではっきりとした。本当だったんだ。
昇は私の知らないところでたくさんのこと、いろいろなことに挑戦し、自身を高め、映画界に貢献していた。
だが、彼のこれからの活躍は残念ながらもうない。
昇、君は一体どんな素晴らしいことをやってきたんだ。また、やろうとしていたんだ。
私は、もっと篠田昇のことを知りたくなった。