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2002.12.25 UPDATE

11月15日 取材・文/木村恵子 根本悠(編集部)


profile>>磯村一路(いそむらいつみち)
1950年岐阜県出身。若松孝二監督や高橋伴明監督の助監督を経て、1979年オムニバス映画『レイプ・ゾーン/犯しの履歴書』で監督デビュー。1980年代には、『Shall we ダンス?』('96)の周防正行など助監督時代の仲間5人とユニット5を結成。業界では“ピンカラ5”と呼ばれ、ピンク映画とカラオケに打ち込みつつ、お互いに協力し映画を撮っていた。近作に、本上まなみ主演作『群青の夜の羽毛布』('02)など。木村佳乃主演作『船を降りたら彼女の島』(2003年2月公開予定)が待機中。
 本特集で11月12日から15日までの4日間に上映された磯村一路監督作(当時の監督名は北川透)『緊縛の仕置き』('85)と高橋伴明監督作『歓びの喘ぎ 処女襲う』('81)。上映最終日には、磯村監督が来場しトークショーを行った。磯村監督は、「こういうかたちで観て頂くのは光栄ですが、ものすごく気恥ずかしいですね。20数年前に撮った作品ですので厳しい目で観ないで下さい」と恐縮。しかしトーク自体は当時のピンク業界の貴重な話が満載で、この日劇場に集まった性別、年齢さまざまなピンク映画ファンを楽しませた。


 『緊縛の仕置き』は、雑誌で女性の脚線美の特集を組むことになった雑誌編集者が、どんどん脚の魅力にとりつかれていく様子と、女同士の緊縛プレイをからめて描いた、ピンク映画の中でも人気のある緊縛もの。磯村監督は、青春映画『がんばっていきまっしょい』('98)などで人気を集めている今のイメージからは意外だが、当時は緊縛ものの作品を得意とし、人気を集めていた。

 トークの中で磯村監督は、緊縛ものを撮っていた理由を「撮るのが大変だと思われているらしくて、普通の製作費にプラスが付くんですよ。2、30万多いんです。実は縛られる人を見つけるのが大変なだけで、お金のかかり方としては変わらないんですけど」と自分の趣味ではなく、金銭的な理由だったことをアピール。なおかつ縄師を雇わなくていい驚きの理由も付け加えた。「僕は縛りません(笑)。スティールカメラマンの人が縛れる人で、無理矢理お願いして無償でやってもらってたんですよ」。

 その後、作品にマゾヒストタイプの男性が多く出ることについてつっこまれた磯村監督は、「男がサディストで女性が責められるという構図が多かったので、それをひっくり返して目新しさを出したかったんです。別に僕自身がそうだということはないのですが…。でも僕の趣味を暴露すれば、女性崇拝の要素はあると思います。映画というのはつくり手の嗜好が出ますから。でも普段、女房をあがめているわけじゃないし(笑)。潜在的なものですよ」と答えて場内を沸かせた。

 磯村監督の新作『船を降りたら彼女の島』の製作費数億円に比べ、ピンク映画は当時から予算や日数が限られ苛酷な撮影状況だった。そんな中で作品をつくり続けていた磯村監督は、ピンク映画1本を製作費300万、撮影期間4日間で撮っていたという具体的な数字を明かし、当時のことを振り返りながらこう語った。「でも映画をつくるエネルギーは同じですよ。ただあの当時は仲間みんなが20代で若かったので肉体的なエネルギーが今と全然違いました。4日間という期間だったから出来たというのもありますが、勢いがあって徹夜しようが、多少肉体的にきつかろうが大丈夫でしたから。もう今は徹夜は勘弁してくれと言っちゃいますね」。



トークショー進行役の林田さんからユニット5のことなどマニアックな質問も。磯村監督、驚きの表情! 舞台上の磯村監督の横に新作ポスターが。監督曰く「濡れ場はないですが、ぜひ観て下さい」



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