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(前項からの続き→)

1964年生まれ。立教大学在学中、8ミリフィルムにて映画製作を開始。卒業後はフリーの助監督として、黒沢清監督の『地獄の警備員』('92)やフリドリック・フリドリクソン監督の『コールド・フィーバー』('95)などに参加しながらも、『カイエデュシネマ・ジャポン』などで映画評論も執筆。Vシネマ『教科書にないっ!』('95)で監督デビュー 『Helpless』('96)、『シェイディー・グローヴ』('99)など。話題作を続々と発表。『EUREKA(ユリイカ)』(2000)はカンヌ国際映画祭にて国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞する快挙を達成。現在『路地へ 中上健次の残したフィルム』(2001)が公開中。新作は2001年カンヌ国際映画コンペティション出品作『月の砂漠(仮)』(2001/公開時期未定)

司会:そろそろ、新作『エスター・カーン めざめの時』の話に移らせていただきます。『エスター〜』は今までの作品とちょっと違いますね。時代背景が現代でなかったり、登場人物が少ないなど要因はいろいろありますが、青山さんは『エスター〜』をご覧になって、彼にツッコミを入れたくなった部分はありますか?

A:エスター・カーンが女優として初めて舞台に上がるシーンで、カメラの回転音がかすかに聞こえるんです。その時に、“あ、またしても、この映画を観ることが世界を感じることなのか?”っていう瞬間の訪れを感じました。普通なら、フィルムの回転音を消すハズなんですけど、“彼は恐らくあえてそれを残したのではないか?”そう考えていたら、映画の醍醐味として、カメラの音が聞けたことに嫉妬しました。

D:実は他にも似たようなことがありました。エスターが父親と一緒にテムズ川のほとりを歩いているシーンで、私がカメラを担いで、砂利の上で撮っていたので、2人に近寄っていくときの足音が入っていたんです。ところが、ミキサーがその足音を取り除いてしまったのです。私は彼に、“どうして私の足音を取ったんだ? カメラと同時に観客もエスターに近づいていることが感じられなければいけない。このシーンには3人の登場人物がいる。それはエスターと父親と観客なのだから”と言って音を戻させました。

A:僕も同じような事を考えたりしますけど、それを本当にミキサーに言ってしまうヤツを“生意気”って言うんじゃないですか?(会場、笑)

 本作は、他の演劇を扱った作品と結び付けて考えられてしまうことがあるでしょう。でも、彼の作品は『エスター〜』に限らず、ある人間の成長、人生にとって重要ななにかをつかむ瞬間までを描いています。前作そして僕は恋をするもそうでしたが、“とにかく主人公はそうなったのだ、他のことはどうでもいい”って言ってしまう。普通はどうしてもオチをつけたくなるのですが、そこが潔くて感動的なんです。


D:確かに『そして僕〜』と『エスター〜』には共通するものがあるかもしれません。ジャンルを変えることによって、作品に多様性を与えたいと意識しているのですが、根本的なところはあまり変われないのでしょう。先程、青山監督が演劇を扱った映画だとおっしゃいましたが、一緒に脚本を書いたエマニュエル・ブルデューとともに、“この映画のために演劇を扱った映画は1本も観ないようにしよう”と約束しました。『エスター〜』の主題は演劇ではなく、ひとりの少女の物語なんです。イギリスであの時代に生きていた彼女にとっては、女優になることが自分の置かれている境遇から抜け出す手段だったんです。もし、彼女が貧しいイタリア移民の男の子だったら、『レイジング・ブル』('80)のようにボクサーになることを夢見るでしょう。僕がアーサー・シモンズの原作を気に入ったのは、エスターが男性っぽい唐突で乱暴な部分を持っていることでした。

A:以前、彼のインタビューを読んだときに、“『プリティ・ウーマン』('90)を5回観て、ようやく好きになった”というのがあって、意味がわからなくて僕も『プリティ〜』を観たんです。(会場笑)で、『エスター〜』を観て、“あ、なるほど!”と思う節があったんです。“なるほど、『プリティ〜』は『エスター〜』になったのか!”って。“演劇の映画は絶対観ない”とか“『レイジング・ブル』なんだ!”って言っちゃうことって、『プリティ〜』があったからなんじゃないかな?


『エスターカーン めざめの時』
監督・脚本:アルノー・デプレシャン
原作:アーサー・シモンズ
出演:サマー・フェニックス/イアン・ホルム
2000年フランス・イギリス
2時間25分
配給:セテラ


●19世紀末のロンドンを舞台に、演劇に魅せられた孤独な少女エスターの成長を描く物語。故リバー・フェニックスの妹であるサマー・フェニックスが、ヒロインに扮している

D:『プリティ・ウーマン』で、主人公の女性が大金持ちの男性とホテルで一夜をすごすシーンを観た時に背中に戦慄が走りました。男はデスクに向かって仕事をしていて、彼女はお風呂に入りながらゲップしたり、テレビを見ている。テレビ番組はアメリカのコミカルなドラマで、労働者たちがブドウ積みをしているのを見て、彼女は高らかに笑い声をあげるのです。こういう下品に見えるシーンにも、すごい知識と科学が含まれているんですよね。

A:おっしゃる通り、ハリウッド映画を観ていて必ず勉強になるのは、どんなに下品でつまらないシーンにも、その中にこそ素敵な部分があって感動してしまうことがあるんです。以前、『逃亡者』('93)
に関するとあるフランスの批評を見たら、“移民の親子が住んでいるアパートをハリソン・フォードが借りるシーンに、真のアメリカのやる気が隠されている”なんて書いてあって、“なるほど”と思いました。そういう部分が、彼の映画にも同じように含まれているような気がします。

D:青山監督と私は同じことをしていると言えます。『EUREKA(ユリイカ)』のような重々しい映画を作られていても、ヒッチコックの言葉を借りれば“私たちは人生の断片を映画で提供するのではなく、ケーキの断片、一片を提供しようとしている”、そういうところで共通点があると思います。青山監督の映画で、そのケーキの断片になってるのは映像の素晴らしさ、美しさです。



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