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1960年フランス生まれ。名門IDHEC(フランス国立高等映画学院<現FEMIS>)で演出と撮影技術を学んだのち、CFやエリック・ロシャンの短編等での撮影を担当しながら、16ミリ映画の演出を始める。初監督作『二十歳の死』('90)が'91年のアンジェ<プルミエ・プラン>映画祭にて、最優秀ヨーロッパ長編映画脚本賞、ジャン・ヴィゴ賞をW受賞。第2作『魂を救え!』('91)はカンヌ国際映画祭への正式出品もあり、ロングランを記録し、続く『そして僕は恋をする』('95)でその人気を不動のものにする。そして5年ぶりの新作『エスター・カーン めざめの時』(2000)がこの秋公開 |
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司会:最初に、青山真治監督が『アルノー・デプレシャン映画祭』のパンフレットで、デプレシャン監督について記された“大いなる生意気野郎”という文章がありまして、ここからの一節を紹介します。
“この男と私は実際に会ったが、人懐っこい笑顔を絶やさぬ表向きとは裏腹に、極めて自主的で反抗的で傲慢で、要するに生意気であった”
と青山さんはデプレシャンのことを、こういう風におっしゃっていますが、『エスター・カーン めざめの時』を観られて、また生意気さ加減は伝わってきましたか?
青山(以下A):ええ、そうですね。その前に、その文章についての言い訳をしておきますと、僕は非常に嫉妬したんですよ。“彼の作品のような映画をどうして作れなかったのだろうか?”と。“カッコいい、こういうことがやりたかったんだ!”理知的でなおかつ野心的、非常に自由なものがこれからの映画であって、それを映画にできる監督というのは、ジャン=リュック・ゴダール以降、ベルナルド・ベルトルッチ以外いないと思っていたんです。ですから、“このような映画を作れる人が久しぶりに出たな!”って。“僕はこういう人になりたかった。ちくしょう!”って思いから、この“生意気”という言葉が出たんです。
デプレシャン(以下D):青山監督と話ができることは名誉に思っています。“生意気”という表現については、のちほど答えさせていただきます(笑)。
青山監督の作品を何作か観させていただきましたが、私は嫉妬しませんでした。ただ、素晴らしいと感心するばかりでしたから…。フランスで青山さんの映画『EUREKA(ユリイカ)』を観て、パリに映画を勉強しにやってきた頃に私が観た2本の映画を思い出しました。それは、ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』('79)とヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』('87)です。その後の20年間は、すべてこの2本に集約されているのではないでしょうか。最近では『EUREKA(ユリイカ)』とエドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)も独自の世界を描いていて、ヴェンダースとゴダールの映画と同じような実験的な存在だと思いました。これからの20年間の世界を描いているという感想を持ちました。ただし、そこにはメランコリーがつきまとっています。これほど、今私たちが生きている世界を正確に描写した映画はないでしょうし、同時に我々が生きたいと願う世界(ユートピア)も描いています。いわば、この2本は世界との会話であり、同時に世界の夢なのです。このような作品は10年に1本出るか出ないかでしょう。
それでは、簡単に“生意気”という青山さんの言葉についてお答えします。(会場笑)私が生意気なのかどうかはわかりませんが、常に生意気な映画を作りたいと志しています。自分自身、高慢な所がありますし、映画の中の登場人物が恥ずかしく思い、また高慢に誇り高く思えるように考えています。
A:彼自身の生意気さと同時に、登場人物たちのテンションや生意気さが好きなんです。彼が僕の映画とエドワード・ヤンの『ヤンヤン〜』をあげましたが、4、5年前に“世界を感じる”映画を作るという人に初めて会ったのですが、それがアルノー・デプレシャン監督だったんです。『魂を救え!』を観た時にそう感じ、直に話を聞きました。“世界のからくりと手触りを映画に込めるのだ”と。“この映画を観なければ、世界のことはわからない。世界があるということはわからない”っていうぐらいの映画を作ろうとしていて、その話を聞いたから、同じような世界を目指したのです。
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