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第1回 「ブラッド・ピットのエビアン・ボトル」
第2回 「デンゼル・ワシントンと三つの招き猫」
第3回 「ギヨーム・ドパルデューのパープル・ヘア」
第4回 「ホアキン、ラッセル、ワイルド・ナイト」
第5回 「キアちゃん、キアロスタミ」
第6回 「キアヌ・リーブスがヘタくそバンドに一生懸命な理由」
第7回 「愛しのギアさま:Chapter1」
第8回 「愛しのギアさま:Chapter2」
第9回 「世界の黒澤と梅干しの味」
第10回 「エドワード・ノートンのヘンな日本語」
第11回 「ハリソン・フォードと“特別”なティー・タイム」
第12回 「エドワード・バーンズとNY“至福”旅行」
第13回 「初の“女”! おまけのジュリア」
第14回 「待ち焦がれて、ホウ・シャオシェン…」
第15回 「ジャコ・ヴァン・ドルマル監督と共に涙したあの日」
第16回 「ヴァンサン、オスカー女優が義姉で良かったね!」
第17回 「思いおこせば10年前だね〜、キューザック!」
第18回 「やっぱ前評判は信じられない!とっても良い人(ビリー・ボブ)の乳首」
第19回 「監督は真実を語る/スキャンダル編」
第20回 「監督は真実を語る/アノ映画の裏話」
第21回 「ホントにイイ子に育ちました。映画大好き青年ディカプリオ!」
第22回 「早口な2大巨匠スコセッシ&スピルバーグ、さてお仕事の速さは…?」
第23回 「中国3人娘のビミョー(?)なカンケイ」






2003.6.13UPDATE

金子裕子
text by Yuko Kaneko


第24回●「ブラッド・レンフロ、涙のハグ」

 
 あまりにも長い間この仕事をやっているせいか、自分が年をとったせいか、認めたくはないけれど、たまに相手に母のような気持ちを抱くことがある。とっても困ったもんなんだが、それもむべなるかな。そのひとり(っていっても多くはありません←悪あがき?)にブラッド・レンフロがいる。5000人のオーディションの中から抜擢された94年の『依頼人』に出演した直後にアトランタで初めて会った。以来、95年、97年、そして新作『ブリー』を携えた今年にも会って、その成長ぶりをつぶさに。

 
 12才の彼に初めて会ったとき、じつはとんでもない悪ガキだと思った。ボールを抱えてシリアルを食べてる姿は幼さの残る赤いほっぺの美少年で、とても可愛らしい。しかし、“なんで自分が選ばれたと思う?”の質問にいきなり「カーチャンがジョエル(シュマーカー監督)と寝たからさ」……。もう、思わず口に石鹸を入れて洗ってやろか! そばにいた監督も、こちらの顔をみて苦笑い。「ブラッド、その態度は失礼だよ」と諭していたけど、お坊ちゃまは聞く耳もたず(笑)。

 そして、翌年にそのデビュー作を携えて初来日したおりには、やはり野放しには出来ないと思ったのか、必ず監督と2人セットでインタビュー。一応、取材にも少し慣れたせいか、とんでもない発言はせずに、大好きなギターとブルース音楽について熱っぽく、いっぱしに語っていた。いっぱしといえば、映画の中にはブラッド演じる10才の少年がいっぱしの仕草でタバコを吸うシーンがある。その演技について質問が飛ぶと、監督はまたも苦笑いで「ま、オフレコにして欲しいけど、あれが演技だと思うかい?」と。



 illustration by hiroyuki ijichi


 
そう、とにかくブラッドはいたいけな美少年というルックスとは裏腹に、とっても大人びている子供なのだ。だから2度目に『17 セブンティーン』('97)で来日したときには、まだ15才だというのに、「いまメチャメチャにセクシーな娼婦がからむ殺人事件の脚本を書いてるんだ。あぁ、娼婦って、たまんねぇ」なんて、うそぶいてみせる。それでも、写真集のためにスタジオに入り、長時間の撮影に付きあってくれたご褒美に、たくさんのパンクなTシャツと革ジャンをプレゼントすると、ペッタリと赤ちゃんのようにハグしてきて、「すっごくうれしい。他人にこんなに優しくしてもらえたこと、一生忘れないよ」と顔を輝かせる。

 ジャーン! この時、この無邪気で素直なリアクションで、私の母性はヤラれ、“日本の母”意識が芽生えた。そして、このハグのおかげで、後に私は心配事を抱えることに。

 というのも、その後のブラッドは、ブライアン・シンガー監督の「ゴールデン・ボーイ」('98)は秀作だったものの、キャリアは低迷の一途だし、なにより私生活でも悪いニュースばかりが伝わったから。たとえば、無免許運転でマリファナ吸って暴走して逮捕されたとか、酔っぱらって他人のボートを盗もうとしたり火をつけて捕まったりとか。あげくの果てに、案の定、ハリウッド若手のお定まりコース、ドラッグ所持で禁固刑に。正直、それを知ったときには「バカヤロー! “父親の悲劇を見てるから、絶対に麻薬には手を出さない”っていってたじゃないか! もう、知らないからね!」と思わず叫んでいた。そう、ブラッドの父親も、彼がデビューしたころは麻薬中毒患者であり、母親はそんな夫に愛想を尽かして出ていって音信不通だ。父方の祖母に育てられたブラッドは、嫌というほど麻薬の悲劇を体験したはずなのに……。

 
 だから、2003年の春に『ブリー』を携えて5年ぶりに来日した彼には、いきおいシビアな質問を浴びせることになった。しかも、新作はドラッグ中毒にあえぐ人々やティーンを被写体にした写真集でカウンター・カルチャーのカリスマとなったラリー・クラーク監督作。内容も、麻薬とセックスにふけり無目的に生きるティーンのグループが仲間の一人を殺した事実に基づいたもの。ブラッドは、殺人の実行犯として死刑を宣告された青年を演じている。

 
── ドラッグ経験者のあなたが、同じような若者を演じるとき、なにを思った?

ブラッド まず、最初に僕も一歩間違えば彼らと同じ道を歩んでいたかもしれないと思った。でも、僕は、取り返しがつかなくなる前に、神様に救われたんだ。いまでは毎日、神に感謝しているよ。

──いつからそんなに信心深くなったの?

ブラッド まぁ、子供の頃から、おばあちゃんに教会に連れていかれてはいたし。だから、盗むべからずとか、殺すべからずとか、姦淫するべからずとか、一般的なキリスト教の教えによって育てられてはいたんだ。

──でも、ちゃんと守ってないこともあったでしょ? 盗んだり、ドラッグやったり。

ブラッド まぁね。でも、いまでは僕は、宗派の区別はないと思うし、便宜上、キリストとかブッダとか名前は違うけど、神様という存在はひとつあると信じてて、かなり身近に神を感じて、自分を律しているよ。

──だから、そう感じたきっかけは?

ブラッド 刑務所に入って、命拾いをしたときからだよ。あの経験がなければ、いまごろ僕はドラッグで死んでたかもしれないし……。120日間、8フィート四方の牢屋に入って、看守から言葉の暴力を受け続けてた。スチール製のベッドにはマットレスもないんだ。毎日、毎日「神様助けて。もう、絶対にしないから」って祈り続けてた。あの時から、神が身近に感じられるようになったんだ。

 とても神妙な顔で語るブラッドに、ちょっと安心。この分なら、もう、間違いは起こさないだろう。そう、期待されながらオーバードースで死んだリバー・フェニックスの轍はけして踏んで欲しくない。だから、つい、「あなたが刑務所に入ってることを思いだすと、日本の母(私)は、とても心配で憂鬱だった。もう、やめてね」と本音が出てしまった。すると、ブラッドも涙ぐんで例のペッタリとくっつくハグをして「ごめんね」……。お仕事のインタビューだったのに、とんだ愁嘆場を演じてしまい、ちょっと反省。

 
 というわけで、かなりイイ子になったブラッドだけど、だからといって優等生になったワケじゃない。やはり、ワイルドな資質は残っていて、自分でもソレをもてあまし気味だし、でも、なんとか制御しようとがんばっているのも確か。たとえば、ワイルドさの現れとしては、『ブリー』の撮影中、恋人役だったレイチェル・マイナーと実際につきあっていたんだが。「まぁね、役作りの一貫みたいなもんでね。他の出演者たちも、演技でヤルんだから、ちょっと実践で試してみようかってなムードがあって、あっちこっちでカップルが出来たんだ。撮影が終わったら、みんな解散だったけど(笑)」。ったく、近ごろの若いもんは、とは思うけど、撮影現場の普通でない熱気とムード゛を考えれば、それも仕方ないこと思える。ま、犯罪じゃないしね(笑)。

 それに、肝心のドラッグの誘惑に対しての制御はしているし。そう、ブラッドは頑として動かなかった故郷ノックスビルからLAに数か月前に越してきたのだが、そこでは年上のバンドのメンバーと同居。「彼も麻薬から立ち直った経験があるから、苦しいときには相談できるんだ」という賢明さ。しかも「ブラッドにヒマを与えると、すぐに誘惑の多いバーに入り浸り」と自覚していて、現在は猛烈に忙しく働いているんだとか。

 
 正直、この“改心生活”がいつまで続くのか、わからない。一度覚えたドラッグの味を忘れるのは生易しいことでないのだから。しかし、せっかく演技者として素晴らしい才能を与えられてるのだから、誘惑を絶って、才能を大きく開花させて欲しいと思う。まだ21才になったばかりだというのに、あまりにも早く大人になりすぎたブラッド。これからは「スローペースで、じっくり人生を」と、ニッポンの母は願わずにはいられない。今度、心配させたら、親子の縁を切るからね!


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