で、4度目の会見が2002年の10月、ロサンゼルスで実現した。正直、念願の大作『ギャング・オブ・ニューヨーク』にまつわる悪い噂を山ほど聞いていたものだから、期待してなかったんすよ。通信社から流れてくるオフの写真もデブだったし……。
ハイッ、まずは、結論から言っちゃいます。ほんと、スマンこってす! 私が狭量でした。そう、ウエストハリウッドにある新設したばかりの自分のプロダクション・カンパニー“アピアン・ウェイ”で出迎えてくれたレオは、少々眠そうだったけど、とても誠実で、正直で、清潔感も漂ってた。話が“悪い評判”におよんでも、穏やかな表情。「もう、ぜんぜん慣れっこ。タフ・スキン(皮膚が強くなって傷もつかない)さ」と二の腕をつねって余裕をかまし。それに、撮影が延びに延びて、公開も延びに延びて、本当ならウンザリしてるハズなのに、とにかく『ギャング・オブ・ニューヨーク』とマーティン・スコセッシ監督に惚れきってるんだなぁ。
「寝ても覚めても映画漬けの生活。そりゃぁ、現場は真剣勝負で大変だけど、この達成感は何ものにも代えがたい。ほんと、こんなに一生懸命働いたのは、初めてだよ」
