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第1回 「ブラッド・ピットのエビアン・ボトル」
第2回 「デンゼル・ワシントンと三つの招き猫」
第3回 「ギヨーム・ドパルデューのパープル・ヘア」
第4回 「ホアキン、ラッセル、ワイルド・ナイト」
第5回 「キアちゃん、キアロスタミ」
第6回 「キアヌ・リーブスがヘタくそバンドに一生懸命な理由」
第7回 「愛しのギアさま:Chapter1」
第8回 「愛しのギアさま:Chapter2」
第9回 「世界の黒澤と梅干しの味」
第10回 「エドワード・ノートンのヘンな日本語」
第11回 「ハリソン・フォードと“特別”なティー・タイム」
第12回 「エドワード・バーンズとNY“至福”旅行」
第13回 「初の“女”! おまけのジュリア」
第14回 「待ち焦がれて、ホウ・シャオシェン…」
第15回 「ジャコ・ヴァン・ドルマル監督と共に涙したあの日」
第16回 「ヴァンサン、オスカー女優が義姉で良かったね!」

2001.9.20UPDATE

金子裕子
text by Yuko Kaneko


第17回●「思いおこせば10年前だね〜、キューザック!」

 
 先日、ジョン・キューザックにLAで会ってきた。作品は『SERENDIPITY』。2002年春の公開予定だ。タイトルの意味は“さがさないで偶然に貴重な発見をする才能”とか“宝さがしの勘”といったもので、当然、物語はその言葉がキーワード。ニューヨークで偶然であった男(ジョン・キューザック)と女(ケイト・ベッキンセール)が恋の予感を感じつつもそのときは別れてしまい、数年後に、やっぱり忘れられなくて再会を切望するといった展開。偶然の出会いにも関わらず、一生の人=宝を見極めることのできた男と女のお話とでもいおうか。

 うーん、私との“再会”が、この物語というのも、ちょっとこじつけだが、なんだか偶然以上のものを感じてしまうなぁ……。

 
 最初の出会いは、今を去ること10年前、1991年の9月。『グリフターズ 詐欺師たち』('90)を携えてきたジョンといえば、『セイ・エニシング』('89)で注目されたばかりで、多くの青春アイドルのひとりでしかなかった。それでも、『シュア・シング』('85)や『エイトメン・アウト』('88)からジョンを気に入っていた私はどうしても会いたくて、取材先のニューヨークから飛んで帰国した。忘れもしない、ハリケーン・ボブがケネディ空港を襲ったために、飛ぶこともできない機内に4時間以上も缶詰めになりながらも、「ジョンに会うんだから、どうしても今日帰る!」と延期を拒否。同行の人たちにヒンシュクを買ってまでも、だ。

 で、もちろん、苦労しただけの成果はてんこ盛り。インタビューばかりか、その後には夕食のお誘いを受けたのだから。といっても、ジョンはシカゴで活動する自らの劇団“TheNew Criminals Theater”のお仲間2人と一緒。すっかり修学旅行ノリで、大騒ぎ。渋谷の居酒屋で飲んだり食べたりした後は、小さな飲み屋やバーをハシゴ状態。それも、2人の仲間がお店を出たり入ったりして、落ち着かないことおびただしい。午前3時ごろには片割れのジェレミーが行方不明になり、スタッフたちと町中を探せば、なんと西武デパートの横でギター小僧と“スタンド・バイ・ミー”を熱唱しているんだもの、呆れるやら、ホッとするやら。いやー、彼らのパワーはすごい、すごい! しかし、当のジョンは最初のほうこそ、いっしょに盛り上がって歌ったり騒いだりしていたものの、途中からはじっくり飲みつつ、行方不明勃発にも顔色ひとつ変えずに、話し込んでいる。その内容も、「僕たちの劇団はアヴァン・ギャルドな内容をモットーとしてるんだ。そう、カブキのようなメイクをして、かなり過激なセリフを吐いてね。今回、カブキを日本で見られたのは、いい勉強になった。いつかは日本公演もやってみたいけど、可能だと思う?」とか、「舞台で過激にやることは役者として自分自身を研ぎ澄ますこと。演技することに慣れたくはないんだ。それに、脚本や演出も担当しているんだけど、ゆくゆくは映画のほうでもその経験を役立てたいと思ってるよ」

 といった類いのものばかり。根っからの演劇青年ぶりに、“嵐でも帰国して良かった”と内心大喜びの私だったのは、いうまでもない。ともあれ、その日は「ロッポンギへ行くぞ!」と叫ぶお仲間2人に引っ張られていくジョンを見送り、長い会見は終わったのだ。



illustration by hiroyuki ijichi


 
 そして、冒頭に書いたLAでの“再会”。東京での一夜を思い出して「すっごく、楽しかった」とニッコリのジョン。10年前に写したツーショットにも、サインをしてくれた。しかし、35歳になった彼はというと、やっぱり10年前とは違っている。あのひたむきな演劇青年の情熱の代わりに、ゆとりと貫録のようなものがチラホラ。

 「監督のピーター・チェルソムの『ヒア・マイ・ソング』('91)が大好きなんだ。だから、こういう典型的なラブ・ストーリーにヨーロッパのテイストを加味して、大人が酔える作品にしてくれると思ったよ。もちろん、その勘は当たったね」

 自分自身の活動についても、「どんなに忙しくても、劇団の活動を辞める気はない。ただし、最近は、映画のプロデュースのほうにも興味があるし、そろそろ監督もしたいという野望も、実現しなくちゃね(笑)」と、穏やかな口調で。

 その言葉通り、1997年の『ポイント・ブランク』を皮切りに、最近では父親チリャード・キューザック監督の『ジャック・ブル』なども製作し、クリエイティブな活躍も目覚ましいジョン。もちろん、俳優としても、『マルコヴィッチの穴』('99)や『ハイ・フィデリティ』(2000)などの通好みの秀作に主演したり、『アメリカン・スウィートハート』(2002年日本公開予定)ではジュリア・ロバーツの恋のお相手をつとめたりと、すっかりハリウッドの大物の仲間入りした感がある。



 そう、10年前は単なるアイドルのひとりと目されていたジョンに、嵐もヒンシュクも乗り越えて“会いたい!”と大騒ぎした私。とりもなおさず、私には“SERENDIPITY=宝探しの勘”があったという、ワケなのだ。オーホホホッ。

 ちなみに、『SERENDIPITY』でジョンの親友を演じているのは、あの渋谷で行方不明になったジェレミー。彼とも再会をしたのだけれど、こちらのほうは“スモウ・レスラー”。最高だったね。「ハッケヨーイ!」とかって、またも奇声をあげて、ひと騒ぎ。ちっとも変わっちゃいませんでした。



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