そして、冒頭に書いたLAでの“再会”。東京での一夜を思い出して「すっごく、楽しかった」とニッコリのジョン。10年前に写したツーショットにも、サインをしてくれた。しかし、35歳になった彼はというと、やっぱり10年前とは違っている。あのひたむきな演劇青年の情熱の代わりに、ゆとりと貫録のようなものがチラホラ。
「監督のピーター・チェルソムの『ヒア・マイ・ソング』('91)が大好きなんだ。だから、こういう典型的なラブ・ストーリーにヨーロッパのテイストを加味して、大人が酔える作品にしてくれると思ったよ。もちろん、その勘は当たったね」
自分自身の活動についても、「どんなに忙しくても、劇団の活動を辞める気はない。ただし、最近は、映画のプロデュースのほうにも興味があるし、そろそろ監督もしたいという野望も、実現しなくちゃね(笑)」と、穏やかな口調で。
その言葉通り、1997年の『ポイント・ブランク』を皮切りに、最近では父親チリャード・キューザック監督の『ジャック・ブル』なども製作し、クリエイティブな活躍も目覚ましいジョン。もちろん、俳優としても、『マルコヴィッチの穴』('99)や『ハイ・フィデリティ』(2000)などの通好みの秀作に主演したり、『アメリカン・スウィートハート』(2002年日本公開予定)ではジュリア・ロバーツの恋のお相手をつとめたりと、すっかりハリウッドの大物の仲間入りした感がある。
