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第1回 「ブラッド・ピットのエビアン・ボトル」
第2回 「デンゼル・ワシントンと三つの招き猫」
第3回 「ギヨーム・ドパルデューのパープル・ヘア」
第4回 「ホアキン、ラッセル、ワイルド・ナイト」
第5回 「キアちゃん、キアロスタミ」
第6回 「キアヌ・リーブスがヘタくそバンドに一生懸命な理由」
第7回 「愛しのギアさま:Chapter1」
第8回 「愛しのギアさま:Chapter2」
第9回 「世界の黒澤と梅干しの味」
第10回 「エドワード・ノートンのヘンな日本語」
第11回 「ハリソン・フォードと“特別”なティー・タイム」
第12回 「エドワード・バーンズとNY“至福”旅行」
第13回 「初の“女”! おまけのジュリア」
第14回 「待ち焦がれて、ホウ・シャオシェン…」

2001.7.4UPDATE

金子裕子
text by Yuko Kaneko


第15回●「ジャコ・ヴァン・ドルマル監督と共に涙したあの日」

 
 ベルギー出身のジャコ・ヴァン・ドルマル監督は、寡作の人だ。なにしろ、1991年に『トト・ザ・ヒーロー』で長編デビューを果たし、カンヌ国際映画祭のカメラドール(最優秀新人監督賞)をはじめとする数々の賞を受賞して、一躍脚光を浴びたにも関わらず、第2作目『八日目』が発表されるまでに5年もかかったのだから。しかし、それだけじっくり、じっくりと練り上げた作品だけに、2作とも監督の限りなく優しい視線が注がれており、得も言われぬ幸福感が味わえる。しかも、その幸福感は作品ばかりか、ご本人に会っても味わえるから、うれしい。とにかく、こんな優しくて、真の博愛を貫いている人が世の中にいるのだろうか! と会うたびに感激しきり。そして、いつも狭量な我が身を反省するのだった。

 で、そんな素晴らしい出会いを最初にセッティングしてくれたのが、前回のホウ・シャオシエン監督でも登場した川喜多和子さんだった。

 
 フランス映画社を自ら経営していた和子さんは、長年、外国映画の配給に携わり、多大な功績を残している。とくに、新人監督の作品を日本に紹介することに注いだ情熱には頭が下がるばかり。なにしろ、そのなかには、もちろんホウ・シャオシエンもいれば、ドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダースもいれば、ニューヨーク・インディーズの星であるジム・ジャームッシュやハル・ハートリーもいるのだから。もしかして和子さんが目をつけて奔走しなければ、彼らの作品が日本で日の目を見ることはなかったかもしれない、と思うほどなのだ。

 そして、ありがたいことに和子さんは、映画界の末席を汚す私などにも、目をかけてくださった。日頃から“美形ハンター”と勝手に浮かれて、ハリウッドの娯楽作品が専門のミーハーな私にもだ。だから、ご自分が「これぞ!」と思った監督を来日させたときなどは、「会っておいたほうがいいわよ」とお電話くださった。そんなおススメのひとりが、冒頭のジャコ・ヴァンだったのだ。

 
 デビュー作の『トト・ザ・ヒーロー』を携えたジャコ・ヴァンは、生まれたばかりの赤ちゃんと幼い娘、そして奥様を同伴で来日。「部屋にエキストラベッドとベビー・ベッドを入れて、もう大変なの」なんていいながら、かいがいしく世話をする和子さんは、すっかりジャコ・ヴァンの“姉”と化していた(笑)。だからインタビューも後半になると、まるで監督と私と和子さんのお茶飲み話会のようになり、通常のインタビューよりググーンとインタビュー対象者(ジャコ・ヴァン)との距離も狭まって、最高の時が過せたのだ。

 そんな思い出のあるジャコ・ヴァンだから、もちろん96年10月に『八日目』を携えて来日したときも、いの一番にインタビューを申し込んだ。この第2作目は、ダウン症の青年ジョルジュと人生に疲れた中年の会社員アリーの心の触れ合いを描いたもの。主演のダニエル・オートゥイユとパスカル・デュケンヌがカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞をダブル受賞するという快挙も成し遂げていた。ジャコ・ヴァンは、その主演男優で実際にダウン症でもあるパスカルと2人で来日。インタビューもふたりで受けることになった。もちろん、私に異存はない。だって、前作よりさらに気に入っている作品だし、パスカルの天真らんまんな姿に魅了されていたんだもの。



illustration by hiroyuki ijichi




 とても私的で、誤解を招きかねないことだけど、許して欲しい。私の家の近くには、特殊な学校があるらしく、日頃からダウン症の子供たちの姿をよく見かけていた。そして、彼らの屈託のない笑顔に出会うたびに、無邪気な笑い声を聞くたびに、あまりの可愛らしさに抱きしめたくなり、心の中で“もしかして、この子供たちは神様の贈り物かもしれない”と思っていたのだ。確かに、あまり深い考えも根拠もなく、ただそう感じていただけだったのだが、それが『八日目』を観て確信に変わった。彼らこそ私たち疲れた大人の心を映しだす曇りのない鏡なのだと……。そして、そんな思いをジャコ・ヴァンに伝えると、あの大きな澄んだ瞳をキラキラさせて、喜んでくれた。「僕もそう思う。だからこの映画を撮ったんだ」。そう言いながら、私がプレゼントした『タンタンの冒険』のスケッチブックに無心で犬の絵を描いているパスカルに視線を移した。

 じつは、その慈愛あふれた姿を見ているうちに、私は泣き出してしまった。不覚にも。そう、こんな素敵な時間を、いまとなっては和子さんと共有できないからだった。和子さんは、93年にくも膜下出血により亡くなっている。もし、お元気であったならば……。そう思うと、3年前の突然の死が、悲しくて、悔しくてたまらなくなったのだ。

 
 「和子さんを思い出してしまって……。ごめんなさい」。そういう私を見つめるジャコ・ヴァンの目も濡れていた。そして、肩を抱き寄せながら「大丈夫だよ。カズコはきっと、僕たちの再会を空の上から見ていて、喜んでるよ」と。なんだか文字で書くと、ありきたりのセリフのようだが、ジャコ・ヴァンの口から発せられると信じられる。だって、彼は、人間同士が触れうことが、いかに素晴らしいことか、いかに新しい人生を生み出すきっかけとなるかを描いた名作『八日目』を作ったんだもの。そして、まぎれもなく“人が生きていく原点は愛だ”と言い切れる人だもの。

 ともあれ、あんなに泣いたインタビューは、後にも先にも、これが初めてだった。そしてあの時から、身近な人の死に出会うと、「きっと空の上から見ている」と、思うようにしている。それにしても、だんだん“空の上の人”が多くなってきて、なんだかあまりに多くの視線を感じて、「ヘタなことは出来ない」とも思う今日この頃。まぁ、跳ねっ返りで猪突猛進で、いつも失敗をやらかす私には、お目付け役が多くてちょうどいいのかもしれない。ところで、そろそろ、2作目から5年たったんだから、ジャコ・ヴァン、第3作目をそろそろお願いね!


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