そんなワケで、最初から気勢をそがれっぱなしで始まったインタビュー。おまけに、駄目押しのようにヘンテコリンな日本語を駆使してコメントをするのだからマイッタ。なんでも、大学を卒業した5年ほど前に大阪の水族館を建設するチームに参加し、日本に滞在していたんだとか。でもねぇ、なにせ5年前に1年足らずだからねぇ。「ボクノォ、オ母サンハァ、センセ(先生)デス」「オ父サンハ…、ロイヤー(弁護士)ハ、日本語デナントイウカ?」ってなもんですわ。聞いてる私までヘンになって「ドウシテ、コノ映画出タ、アルカ?」「共演ノリチャード、好キカ?」って、バカみたい。もう、これじゃインタビューにもならないので、「ワタシ、日本語ノ勉強シタイ」というノートンを説得して英語で応えてもらうことにしたのだった。
で、英語で話せば、ちゃーんと名門イェール大学ご卒業の聡明な青年になる。そのコメントの内容も、理路整然と演技論などをブチかましてもくれる。いわく「高校時代から演技に興味を持ち大学在学中も劇団を設立して演劇活動をしている。舞台ではアヴァンギャルド前衛劇を中心に上演して鋭い感性を磨いていきたい。映画は、いろいろな監督の思惑を体現するものだから、どんな要求にも呼応できる演技力を身に付けるのには最適だ」。
なるほど、この言葉通りを実践して、いまや押しも押されぬ演技派スターになったものね。そう、日本語のときは、失礼ながらマヌケなニイチャンにしか見えなかったけど、英語になってからは知性と品性を感じさせて、“もしかして大物になるかも”といった予感があったのは確かだったものなぁ。
