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第1回 「ブラッド・ピットのエビアン・ボトル」
第2回 「デンゼル・ワシントンと三つの招き猫」
第3回 「ギヨーム・ドパルデューのパープル・ヘア」
第4回 「ホアキン、ラッセル、ワイルド・ナイト」
第5回 「キアちゃん、キアロスタミ」
第6回 「キアヌ・リーブスがヘタくそバンドに一生懸命な理由」
第7回 「愛しのギアさま:Chapter1」
第8回 「愛しのギアさま:Chapter2」

2000.11.03 UPDATE

金子裕子
text by Yuko Kaneko


第9回●「世界の黒澤と梅干しの味」

 
 2000年の9月、黒澤明監督の三回忌を迎えた。早いものである。もちろん、私にとって、天皇と称された黒澤監督は、雲の上の人。『七人の侍』などの名だたる作品を撮っていらしたころは、まだ子供だったし。作品論などを語るのは、他の諸先輩にお任せしたい。しかし、幸せなことに、この業界の末席を汚す私でも、ちょっとした雲の上の人との思い出がある。

 ある編集者から「黒澤監督にインタビューをしない?」と電話をもらったのは、遺作となってしまった『まあだだよ』が公開される年のことである。怖い物知らずの私もさすがに「出来るかなぁ……」と一瞬引いた。しかし、恐れてはいるものの「お会いしてみたい」という気持ちが勝り、「やるっきゃない!」と決心した。もちろんそれから、インタビューまでの間が大変。なにしろ好きな人に会うときは、洋服もメイクも気を使い、気に入ってもらうためにプレゼントまで用意してしまうイイ子ぶりっこの私である。でもねぇ、相手が若手の美形俳優ならいざ知らず、かの黒澤天皇だものねぇ。私が何を着ようが、どんな顔をしていようが眼中にないのはわかりきったこと。では、プレゼントは? というと、これが悩みの種であった。

 
 そんなとき、たまたま田舎の母から電話があり「黒澤監督に取材をするんだけど、なにをお土産にしていいか悩んでるんだ」というと、母は一瞬沈黙。その後に「私の梅干しを食べてもらいたいなぁ」……。ふーむ、これはいいアイデアかも。母の梅干しは毎日一粒一粒を丹念に天日に干し丹精込めて作った無添加食品。塩も市販のものよりずっと薄く、梅本来の味と香りがする絶品だ(娘の私がいうのもなんだけど)。まぁ、黒澤監督は名だたる食通 でいらっしゃるけれど、これなら素朴でかえって喜んでいただけるかもしれない。そこで梅干しを詰めた小さな瓶を持参で、成城にあるご自宅に伺うことにした。

 長女の和子さんの案内で書斎に通された私は、緊張していた。もしかして、少し手も震えていたかもしれない。しかし、目の前にデーンと据えられた革張りのソファーにどっしりと腰を落ち着けた黒澤監督は、ニコニコ顔。おずおずとくだんの梅干しを差し出すと、「おお、嬉しいね。梅干しは娘が大好きで、紀州から取り寄せるくらいなんだ。おーい、和子。梅干しいただいたよ」と、奥に大きな声をかける。その姿は、天皇というより、なんだか父の友人のおじいちゃんという感じ。昔可愛がられてて、久しぶりに会って、懐かしくて、嬉しくて。そんな気分にさせられる。 もちろん、それからのお話の内容は、“知りあいのおじいちゃん”とはぜんぜん違う。いや、話しっぷりは気さくに豪快に、ほとんど普通 のおじいちゃんの世間話ふうなんだが、内容は、まさに雲の上の人の世界。



illustration by hiroyuki ijichi


 
 たとえば、「『夢』の脚本を書いたときから頭にスコセッシのことがあってさ。以前に彼に会ったとき、早口でせっかちで、ゴッホみたいな男だなと思ってた。だから出演しないかって手紙書いたんだ。すぐにOKがきてね。奴は目立ちたがり屋だから(笑)」。 たとえば、「僕は現場には編集用のトレイラーを持っていって、撮影したフィルムはその日のうちに編集する。そのほうが効率がいいんだ。僕が(フランシス・フォード・)コッポラの家に滞在していたときにちょうど『地獄の黙示録』を撮った後で、彼は編集にとても悩んでいてね。だから、後になって僕のやり方を教えたら、それからはすごく楽になったといってたなぁ。そういえば、『夢』をハイビジョンで撮ったのは、てんぷら屋でコッポラに勧められたからだしね」

 たとえば、「『夢』の中で川面を映すシーンがある。あれはタルコフスキーに教えてもらったんだ。彼の映画を見てると水がぬ めっとした感じに黒く映ってる。かねがね“どうやって撮ったんだろう?”と思ってたから、彼と飯を食ったときに聞いたんだ。そうしたら、水の中に黒いビニールを敷いてるんだね」 スコセッシ、コッポラ、タルコフスキー! もちろん、『夢』は、スティーブン・スピルバーグとジョージ・ルーカスが敬愛する黒澤監督に全面 協力をして完成した作品だ。こんな大物たちと飯食ったり、家に滞在したりして教えたり教えられたりしてるなんて……。



 “世界の黒澤”という形容詞は知ってはいたけれど、これは各国の映画賞を受賞しているからだけではないと思った。ご本人の話を伺うと、まさにそう形容するしかないのだと実感だ。しかも、インタビューのきっかけとなった『まあだだよ』のタイトルが示すように、「僕は映画を1本撮るたびに、まだまだだって思うんだ」とおっしゃる。そのあくまでひとりの監督としての飽くなき向上心と真摯な姿勢には、素直に感動させられっぱなしだった。枕元にはいつもシェークスピアとドストエフスキーの全集が置かれていて繰り返し読んでいること。就寝中も天然色の夢を見て、それをあわててメモに書き留めておくこと……。2時間半あまりの会見で伺った興味深いエピソードは山ほど。それをすべて書けないのは、残念だけど、黒澤監督の偉大さの片鱗は感じていただけたと思う。

 そして最後に、私が涙が出るほど感激し、さらにさらに黒澤監督を敬愛してしまったことをお知らせしておきたい。というのも、監督が亡くなった後に、いろいろな方が思い出を語る雑誌の記事を読んだのだが、そこで驚愕の事実が判明したのだ。それは、黒澤監督自身が大の梅干し嫌いだったこと……。なんということを!である。しかし、あの時はそんなことはおくびにも出さずに、娘さんまで書斎に呼んで喜んで見せてくれたとは。その優しいお心遣いを思うと、感謝、感謝である。

 そして、そんな優しい心根の方だからこそ、あれほど世界の人々を魅了する作品を作り続けられたのだと、あらためて思う今日この頃。あの無邪気な笑顔が時々思い出される。







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