2000.03.01 UPDATE

金子裕子
text by Yuko Kaneko


第1回●「ブラッド・ピットのエビアン・ボトル」


   かつて、『リバー・ランズ・スルー・イッ ト』でブラッド・ピットを見て一瞬にして好きになった。彼は夢にまで出てくるほどで、まさに“夢中”の状態。だから、当時「取材ができそう」というエージェントの言葉を真に受けてロサンゼルスに乗り込み、色よい返事を1週間も待ち続け、おまけにフラれて帰国したこともある。しかも、その後の出演作といえば、美しい顔を恥じるかのような汚い役ばかりでがっかり。こうなると愛も憎しみに変わるのが女の性。“けっ、よく見りゃサル顔だよ”と、心は変化していた。

 そんな歪んだ思いを抱いて、初めてブラッドに対面したのは『デビル』のプロモーション会見。97年のニューヨークでのことだ。部屋には、いっしょにインタビューをするイギリス人記者もいる。こいつが困った奴で、「初めて会うの? マスコミ嫌いだからなぁ。いつもイエスとノーだけさ」なんて余計なことを言う。私的には「まずこいつを駆逐せねば、今日は負けだな」と肝に命じたのだ。

   そして運命の瞬間。ブラッドがエビアンのボトルを片手に現れた。その美しいこと、笑顔のまぶしいこと! ちょうど『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の撮影が終了したばかりで、ブロンドに染めた髪もスッキリとカットされて、好ましい。しかも、あのイギリス人記者の言葉とは裏腹に、『デビル』についてテキパキと答える。おまけに、邪魔者イギリス人が私の質問を遮って質問したときなどは、私に向かって「イエス、マーム。質問は?」。この気配りには感動した。

 しかし、感動しつつも、私は思ったね。“こなしてるなぁ”って。というのも、『デビル』はもともと最初の脚本をブラッド自身が気に入って、映画化を進めていた。内容は、アイルランド紛争の悲劇をシリアスに真正面 から扱ったものだった。しかし、そこにハリソン・フォードが乗り込んできた。共演者である彼は持てるパワーを駆使して脚本を自分好みの愛と友情と感動の物語に変えてしまったのだ。一時は降板を申し出たブラッドだが、莫大な違約金が発生してしまいそれも叶わず。私と会う数カ月前には雑誌のインタビューで不満をぶちまけたんだが、ヒンシュクを買って謝罪コメントを出した経緯もある。だもの、もう、“早く義務だけ果 たして、忘れたい”モードに入っているのも無理はない。


illustration by hiroyuki ijichi

   その気持ちの現れとして、質問が当時の婚約者グウィネス・パルトロウに及んだとたんに、冗舌になったもの。いわく、結婚式は家族や友人をよんで故郷で盛大にやりたいとか。忙しくて彼女に寂しい思いをさせたから、これからは僕が料理を作ってあげたいとか。出演作の話より、プライベートの話のほうがマシというのだから、なにをかいわんやだ。

 さて、2度目の会見はその半年後。今度は『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を携えての来日だ。なにせ作品は『デビル』とは違い大のお気に入り。映画についての質問にも、誠心誠意答えてくれる。いろいろなコメントを聞きながら感じたのは、ブラッドは本当に自分が学べる、成長できる仕事をしていきたいと切望していること。だから『セブン・イヤーズ〜』のように、これまで知らなかったチベットの歴史や社会状況に触れられたことが本当にうれしそうだ。

   そして、私もとってもうれしい! だって、「ニューヨークで会ったよね」って、覚えてくれてたんだもん。半分失神してたね。目は開いてても。でも、だからといって仕事は忘れちゃいない。来日前に突然グウィネスと婚約解消してるのだから、それについてのコメントはいただかなければ。もちろん、映画会社からは“プライベートな質問禁止令”が出ているけれど、そこは半分失神状態だから、怖くない。で、いきなり“結婚はもうしたくないの?”。ぶしつけな質問に、大笑いのブラッド。でも「僕は長年愛しあう両親を見て育ってきたから、結婚には夢を抱いてる。こんな仕事をしていると、結局、安らげるのは愛する人のいる家庭だけ。だから、結婚はいまでもしたいよ」と、きっぱり。うーん、やったね。これでインタビューは成功、勝ったゼ。

 しかし、ここですっかり“サル顔”なんて忘れて、初心の“夢中”に戻ったことが、次の“負け”を暗示していた。じつは、その1年後にも『ジョー・ブラックをよろしく』のプロモーションで来日したブラッドは、雑誌・テレビ各1のみインタビューを受けることに。その選にもれた私は歓迎パーティでやっと3度目の出会いをして「また会ったね」といわれ、またも大浮かれ。翌日の記者会見終了後には、フラフラと前に進み出て、なんとブラッドが手にしていたエビアンのボトルをゲット。

 ああ、真面目な公務員家庭に育った私は、“嘘と盗みはダメ”としつけられたのに……。親の言いつけよりもブラッド様の魅力に負けて。ボトルはいまでもしっかりジップ・ロックに封印されて、食器棚に飾られている。






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