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2004.2.3 UPDATE


指定第27号  映画の殿堂/みのむしクラブのミノックス



東映太秦映画村で見つかった
川島雄三の遺品

 京都の東映太秦映画村に映画文化館という立派な資料館がある。昔、京都撮影所へ取材に行ったときには、映画村というのは観光客相手に遊園地みたいな施設(1975年以来の入村者数は5000万人を突破!)だと思っていて、そんな資料館があるとは知らずに残念ながら見逃してしまった。その映画文化館のなかに映画人の遺品などを展示した映画の殿堂というコーナーがある。『東映太秦映画村』(1997・美術出版社)というガイドブックをめくっていたら、その映画の殿堂に、なんと前回紹介した、行方不明かと思った川島雄三監督の遺品の超小型カメラ、ミノックスが展示されているのを見つけた。

 ガイドブックの写真は虫メガネで見ないと分からないぐらい小さいので、映画村にお願いして新たに写真を撮って送っていただいた。これまでの連載では費用や著作権上の問題から、写真はテキトーな代用品で間に合わせてきたが、今回はホンモノの「遺産」をお見せすることができて嬉しい。川島雄三とは縁もゆかりもない東映京都の映画村が、彼の遺品をきちんと保管、展示してくれているのも嬉しい。写真と資料を提供してくださった映画村資料室のみなさんに心から感謝しています。

 その写真を見ると、川島雄三のブースにミノックスとネガフィルム・プリントなどが並んでいる。川島と東宝でコンビを組み、写真仲間であった撮影監督・岡崎宏三(最近、ラピュタ阿佐ヶ谷で彼の特集が組まれ、川島作品も上映された)から寄贈されたものだ。ミノックスの横に「みのむしクラブの面々」の記念写真もある。ミノックスを愛する映画人のクラブがあったのだ。クラブの名はミノックスの「みの」と、本の虫とか映画の虫の「むし」から命名したのだろうか。ミノムシのように小さくて愛らしいカメラという意味もあったかもしれない。無邪気に歓談しながら命名した様子が想像される。記念写真の川島は、愛用のミノックスを手にしたメンバーとともに仲良くポーズをとっている。酔っぱらっては人にからんだりする偏屈で奇矯な鬼才、というイメージからは程遠い川島の素顔をとらえた貴重な写真だと思う。

 この写真を前に見たことがあるのを、僕はすっかり忘れていた。今村昌平編『サヨナラだけが人生だ 映画監督川島雄三の生涯』(1969・ノーベル書房/1991・改定再版)に寄せられた岡崎宏三の短い回想に添えられた「ミノムシクラブの発会式」の写真がそれである。写真が小さくて誰が写っているのかよく分からないうえに何の説明もない(映画の殿堂の写真には、ちゃんと説明があってメンバーも判明した)。今村の本は紙数の都合で割愛した原稿もあるというから、岡崎の回想も削られたのかもしれない。残念なことだ。おまけに岡崎の名前が「宏之」になっているのは誤植だろう。重ねがさねの失礼である。その岡崎宏三の回想によると、川島はポラロイドカメラだけでも5、6台持っていて、趣味といえば写真だけしかなかっただろうという。

 「それも、ただパチパチと撮りまくって、作画しようなどと云う気がないのが面白いところでした。超小型のミノックスは特に好きで、アクセサリーなどを全部揃えていました。現像キットで現像までしたようですが、風呂場で長時間現像をしていて痔を悪くしたり、腹をこわしたりした事があります。映画の現場では、非常に無理なアングルや変なポジションや、露出条件を平気で要求する人でした。しかし、いろいろ苦心して撮ってみてラッシュを見ると、実に面白いショットになるんです。キャメラマンとしては随分啓発されました」

 『サヨナラだけが人生だ〜』の扉にカメラ(ニコンS2だろうか)を構えた川島の小さな写真がある。その構え方が面白い。まるで「シェー!」としているように両腕を曲げ、首を傾け、おまけに人差し指ではなく中指でシャッターボタンを押している。わざと奇を衒ったのか、それとも体が不自由なせいなのか、とにかくヘンだ。『貸間あり』('59)の小沢昭一もヘンな構え方で、むやみやたらにシャッターを切るヘンな写真マニアだったが、あれは川島自身の戯画としては一番のケッサクではなかろうか。ただし、川島が日活時代に「新婚旅行」先の京都で撮影した妻(入籍はしなかった)の写真には、きちんと撮影データまで記録されているから、そういう几帳面でほほえましいフツウの写真マニアの時代もあったらしい。


川島雄三監督の遺品ミノックスカメラ(カメラマン岡崎宏三寄贈)

 銀色の超小型カメラがミノックス。カメラに付いたチェーンは接写の際に距離計の代わりになる。スパイ映画でおなじみのやつですね。ミノックスのデザインは完璧で、戦前のI型から戦後のIIS型まで外観は変化していない。そのため写真では判別しにくいが、川島のミノックスはII型(1948年発売)かII型(1951年発売)のようだ。II型ならボディ裏にIIの刻印がある。なお前回紹介した写真の金色のミノックスはI型ではなく、A型(1954年発売のIIIS型を1958年からA型と改称)の特別仕様だったので、ついでに訂正。

 カメラの上は専用ネガ袋(これも西ドイツ製)で、この小さな袋に50コマ分のネガフィルムを収納。ネガの右の手札サイズのプリントには、ほのかな光のなかに浮かび上がる女性の笑顔が写っている。川島監督が愛用のダンヒル・ライターの炎の光で撮影した銀座のクラブでの写真だそうだ。ミノックスの性能をPRするための広告にでも使えそうな面白い写真で、いかにも川島らしい。

 ネガ袋の左は「みのむしクラブ」の記念写真。会員は川島雄三、岡崎宏三(撮影監督)、真鍋理一郎(作曲家)、滝本和男(プロデューサー)、三橋達也(川島組の常連俳優)、安西郷子(女優、1961年に三橋達也と結婚)、淡島千景(女優)。滝本和男は川島を日活から東宝傘下の東京映画に引き抜いて『グラマ島の誘惑』('59)『賃間あり』('59)など東宝らしからぬ異色作を撮らせたが、川島の急死(45歳)の2ヵ月後の1963年8月に病死(55歳)。淡島千景は『貸間あり』以降の川島作品にしばしば出演しているので、この記念写真もそのころのものか。(写真提供=東映太秦映画村映画資料室。禁無断転載)



 
まだまだ見つかる映画の殿堂
今度はコダック・レチナ

 映画の殿堂には田坂具隆監督の遺品のミノックスB型(1958年発売)もある。東映映画『冷飯とおさんとちゃん』('65)『湖(うみ)の琴』('66)などのロケハンに携行したという。広島で被爆し、戦後は原爆病と闘い続けた田坂は川島と同様に体が弱く、軽いミノックスのほうが持ち歩きやすかったのかもしれないが、マジメな正統派・田坂と新奇なミノックスの取り合わせは意外な感じがする。もっとも、ミノックスのいぶし銀のような光沢と精密さ、それでいて金属的な冷たさが感じられないデザインと柔らかな肌ざわり、それを田坂が愛用したというのは分かるような気もするし、ディテールまで細心の注意が行き届いた彼の誠実であたたかい演出に通じるところがあるのかもしれない。ちなみに『冷飯〜』は古典落語を思わせるタッチで庶民の哀歓を描いたオムニバス時代劇だが、中村錦之助(萬屋錦之助)のモダンにして軽妙な名演技、緻密な演出、美術、撮影、照明の素晴らしさで3時間が短く感じられるほどだ。

 予断だ田、『湖の琴』に主演した中村賀津雄(嘉葎雄)も大変な写真マニアで、『天平の甍』('80)の中国ロケの際に撮影した立派な写真集を上梓している。『陽炎座』('81)のロケ中にも出番の合間に鈴木清順監督や松田優作の写真をパチパチ撮っていて、映画の完成後に僕はそのネガを借りにいった。ご本人はケンソンしていたが、彼の性格の良さが出た、実に風情のあるうまい写真だった。若いころには兄の中村錦之助を風呂場まで追い回して撮った写真を集めて『兄貴』と題した個展を開いたこともあるそうだ。

 映画の殿堂には稲垣浩監督の遺品のカメラもある。それが、なんとコダック・レチナなのだ。第24回で引用した鳴滝組の脚本家・八尋不二の回想に出てきた稲垣のレチムは、記憶違いでも幻でもなく実在していたのだ。八尋のことをボケ老人みたいに書いてしまってすいません。いや、僕は八尋がボケ老人だったとは思っていない。彼の自伝『狸』シリーズや『濡れ髪』シリーズをはじめとする彼の脚本もメチャクチャ面白い。マキノ雅弘監督の傑作『鴛鴦(おしどり)歌合戦』('39)の脚本家・江戸川浩二の正体はマキノの記憶ではアイマイになっているが、八尋の自伝では彼が書いたことになっているし、猪俣勝人の労作『日本映画作家全史』(1978・社会思想社)でも八尋脚本作品となっている。八尋が『鴛鴦歌合戦』の共作者のひとりであったことは間違いないだろう。八尋の名誉のためにも、ここに訂正しておきたい。

 ともかく稲垣浩はコンタックスだけでなくレチナも持っていて、ライカも持っていたかもしれない。かなりの写真マニアだったのだろう。その稲垣や山中貞雄が撮った八尋の子供たちの写真(第24回参照)は、八尋の娘・桜児が持っているらしい。八尋桜児は『大魔神』('67)などの脚本家・吉田哲郎の奥さんでもある。桂千穂編著『にっぽん脚本家クロニクル』(1996・ワールドマガジン社)の吉田哲郎インタビューには、「女房は子供の頃、鳴滝組で、稲垣浩さん、滝沢英輔さん、三村伸太郎さんとかに可愛がられて育っているだけど、そういう人たちの昔話を女房から聞いていますね。昔の写真とかも大分あります。そんなことも僕にとっては非常にプラスになる」とある。

 映画の殿堂は日本映画の発展に功績のあった個人を顕彰する目的で、映画村の開村と同時に設立された。殿堂入りは数年ごとにアンケートや委員の討議によって追加される。下記53名の個人の写真、台本、色紙、著作、愛用した品々など多数の展示品の写真が、前述のガイドブックに掲載されているので、興味のある人は、それも見ていただきたい。

 尾上松之助、牧野省三、山中貞雄、山上伊太郎、伊丹万作、稲畑勝太郎、坂東妻三郎、早坂文雄、溝口健二、小林一三、マキノ光雄、寿々喜多呂九平、大河内伝次郎、小津安二郎、帰山教正、野田高梧、大谷竹次郎、榎本健一、円谷英二、内田吐夢、徳川夢声、大川博、小山内薫、島津保次郎、月形龍之介、田坂具隆、田中絹代、城戸四郎、成瀬巳喜男、森岩雄、嵐寛寿郎、五所平之助、川喜多長政、伊藤大輔、岩崎昶、岡田時彦、根岸寛一、三村伸太郎、衣笠貞之助、片岡千恵蔵、長谷川一夫、川島雄三、水谷浩、鶴田浩二、石原裕次郎、八木保太郎、美空ひばり、藤本真澄、大川橋蔵、今井正、若山富三郎、マキノ雅弘。

 最近、殿堂入りした故人と主な展示品は次のとおり。萬屋錦之介(楽屋暖簾、織田信長役で使ったヒョウタン、大石内蔵助役で使ったカブト)、黒沢明(メガネ、帽子、散文、詩)、宮川一夫(露出計、ビューファインダー、カメラのパン棒)、市川右太衛門(ステッキ、帽子、絵皿)。勝新太郎が入っていないのが寂しい。そういえば市川雷蔵も入っていませんね。次回には、ぜひ殿堂入りを。

 映画村には以前紹介したコニカラーカメラもあるのだが、この物件について補足していおきたい。コラムでは新宿のコニカプラザなどのほかに映画村にも展示されているはずと書いたけれど、今回、改めて確認してみたところ、保管はしているが現在のところ展示はしていないとのことだった。どうも、すいません。やはり、図体がでかすぎて展示できないのだろうか。その他のフツウの大きさの映画カメラは10台ほどが展示されていて、なかには明治時代から使われていた貴重なものもある。映画文化館は本格的な映画博物館として本邦唯一のものではないかと思う。さまざまな展示品や展示映像のほか、館内には膨大な資料も整理、保管されているが、さらに収蔵品を充実させ、ますます発展させていただきたい。営業時間、入村料(きもの姿だと半額割引!)などについては別掲参照。


稲垣浩監督の遺品レチナ(コダック)

 カメラは戦前にドイツ・コダック社が発売したレチナ。コダック本社が世界で初めて開発したパトローネ(フィルムを収めた円筒)入り35ミリ・フィルムの専用機として1934年に発売された。このカメラによってフィルムの日中装填が可能となり(それまではライカもコンタックスも専用マガジンに暗室装填)、その後のすべての35ミリ・カメラに踏襲された。レチナは安価な中級機だが、高性能で使いやすく、戦後も長く生産された。

 レチナの右は稲垣監督がリメイク版『無法松の一生』('58)で獲得したベネチア映画祭金獅子賞。受賞の際に稲垣が送った「トリマシタ ナキマシタ」の電報は有名。その電報も残っているといいのだが。(写真提供=東映太秦映画村映画資料室。禁無断転載)



図の左下の東映城大手門(団体入村口)をくぐったところに建つ明治風の西洋館が映画の文化館。2階に映画の殿堂がある。3階の映画資料室には1万冊の図書のほか、雑誌、シナリオ、戦前からのポスターやプレスシート、写真などが保管されていて閲覧、コピーもできる。村内には娯楽施設やオープンセットにまじって、レストランや明治風の喫茶店なども完備している。

 入村料=大人2200円、中・高生1300円、子供1100円(税込) 営業時間=3月から11月までは9:00〜17:00、12月から2月までは9:30〜16:00(12月21日〜31日は休業) 住所=京都市右京区太秦峰ヶ岡町10 株式会社 東映京都スタジオ 電話075-864-7716 http://www.toei.co.jp/eigamura/ 交通=JR嵯峨野線花園駅か太秦駅下車、徒歩13分。または京福電車太秦駅下車、徒歩5分。バスの便や有料駐車場あり



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