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2003.2.20 UPDATE
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指定第19号
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伊豆めぐり/しいのみ学園、五所亭、蜂の巣 |
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時代劇の撮影には絶好のロケ地だった
昭和中期の伊豆長岡 |
まだ大仁の城山山頂にいる。くり返すけど城山は「じょうやま」と読む。南に天城の山並み、眼下に大仁ホテル。北へ目を転じると伊豆長岡の町が見下ろせる。伊豆長岡から大仁にかけての狩野川べりでは、かつて数多くの映画が撮影された。
「あれは昭和十五年か十六年ごろのことだと思うから、『女人転心』か『みかへりの塔』のときだったろう。例によって伊豆の大仁ホテルを根拠地にしてロケに出かけた。清水組のロケは、リヤカーにカメラを積んで、ムシロを脇に抱えたりしてトコトコ歩いていくといった素朴なやり方だった。それが清水オヤジの主義であり趣味でもあった。ところが、それから間もなく、東宝で『川中島合戦』を撮影していた衣笠貞之助監督のロケ隊も、同じ大仁ホテルへやってきた。この東宝のロケ隊は、なかなかぜいたくで、みんな自動車を使って移動する。ホテルで払うチップなども大いにはずんだらしい。それを伝え聞いて、清水組は色を失ったらしい。(中略)それから、しばらくの間、清水オヤジは大仁方面へはロケに行かなくなってしまった」(笠智衆著『俳優になろうか』1987・日本経済新聞社)
「伊豆の長岡方面は、一時スタジオ建設の話も出たくらいロケが盛んだったから、『並木地蔵』だの、『渡辺橋』だの、『滝沢街道』などと呼ばれるのがあった。いずれも、その名の監督が好んで撮影した場所だ。が、狩野川台風(注・1958年)のあと、このあたりの風景は、道路の舗装と観光ブームで、すっかり時代劇に使えそうなものが姿を消してしまった」(稲垣浩著『ひげとちょんまげ』1966・毎日新聞社/1981・中公文庫)
並木は並木鏡太郎、渡辺は渡辺邦男、滝沢は滝沢英輔のことだろう。黒沢明の『七人の侍』(54)も世田谷の東宝撮影所の近くに建設されたオープン・セット以外は、ほとんどが静岡県でロケされ、伊豆長岡でも撮影された。狩野川べりのわずかな平地に住宅や旅館が密集したこんな小さな町で、こんなにたくさんの映画のロケが行われたことは信じられないが、世田谷で『七人の侍』が撮影できたのだから、当時の伊豆長岡は現在とは比較にならない、江戸時代そのままの風景があちこちに残っていたのだろう。
伊豆長岡では清水宏監督『しいのみ学園』(55)の撮影も行われた、清水としては『みかへりの塔』(41)などと同じセミ・ドキュメンタリー風の作品で、小児マヒの児童と教師たちの群像劇である。『目で見る戦後にっぽん』(1990・毎日グラフ別冊編集部編『サン写真新聞』復刻版)第10冊に、この映画のロケ風景の写真と記事がある。ちなみに『サン写真新聞』の社長・石川欣一は小津安二郎と対談したり小津映画に出たりしていたので、清水とも親交があったのかもしれない。で、その記事によると学園のオープン・セットは富士山の見える丘の上に建てられたそうだが、モデルとなった実在の学園は九州にあったので画面に富士山は映らない。
3年ほど前、実在のしいのみ学園の校長が90歳をすぎてなお現役だとテレビ番組で紹介されていて驚いた。映画でも使われていた学園のシンボルの鐘もいまだ現役だそうだ。城山山頂からは、その鐘の音が響いていた丘も見えるはずなのだが、残念ながら場所は分からない。たぶん今は住宅地になり、そこに住んでいる人々も、かつて『しいのみ学園』という映画が撮影されていたことなど知らないのだろう。
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| 城山山頂から狩野川、伊豆長岡、韮山を眺める。『しいのみ学園』のオープン・セットが建っていた丘も、どこかに写っているはず。右のほうには玄岳、その向こう側は熱海。熱海の南の山のなかには蜂の巣の子供たちが住んでいた。 |
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映画にゆかりのある土地を
確かめながら歩く |
城山の北隣の葛城山の肩の向こうには、雪をかぶった富士山が春霞のなかに浮かんでいる。風呂屋のペンキ絵みたいだが、やはり気持ちいい。富士山の展望台として知られる標高452mの葛城山へは、ふもとの伊豆長岡からロープウェイも通じている。山頂の名店街に、かつて五所亭という喫茶店があり、五所平之助監督の奥さんが近代こけしを売っていたそうだ。「五所亭」とは森岩雄ら多くの映画人や文人が参加していた句会でつけられた五所監督のニックネームであり、俳号であり、自作の映画でも使っている。熱海の後楽園ホテルにも「第2五所亭」という店があったそうだが、今や熱海は没落の一途をたどり、大きなホテルがペットショップになったりしているほどだから、五所亭の名残すらないかもしれない。
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| 城山山頂から見た葛城山と、その右肩の空に浮かぶ富士山。葛城山山頂の名店街で、かつて五所平之助監督の奥さんが五所亭を営んでいた。 |
伊豆長岡の少し北が韮山。韮山の東に連なる山並みの高まったところが標高798mの玄(くろ)岳。城山からでも玄岳上空を舞うパラグライダーが点々と見える。空からなら伊豆半島を取り囲む相模湾と駿河湾と富士山を一望できるはずだ。伊豆半島はほんとうに箱庭のようだ。玄岳の向こうは熱海。以前、玄岳で山上湖の上に浮かぶ雄大な富士山を眺めたあと、熱海の海岸までぶらぶらと下りながら、清水宏が拾ったりもらったりしてきた戦災孤児を育てていた蜂の巣はどのへんにあったのだろう、今はどうなっているのだろうと気にかかった。残念ながら僕は『蜂の巣の子供たち』(48)も『その後の蜂の巣の子供たち』(51)も見たことがないので、せめてその跡地なりと見てみたいと思ったのだが、確かめるすべもないのであきらめた。
蜂の巣と子供たちのその後を確かめて歩いた川本三郎著『今日はお墓参り』(1999・平凡社)によると、蜂の巣は熱海と伊藤の間の網代の小高い山のなかにあったそうだ。1万坪もあった蜂の巣の跡地には今では松風荘というホテルが建ち、蜂の巣の記念碑だけが残っているという。
伊東の南の海岸には、富士山の見える川奈ゴルフ場と、ゴルフ客のために建てられて日本の高級リゾートホテルのはしりとなった川奈ホテルがある。小津安二郎監督『晩春』(49)の原型になったと思われる島津保二郎監督『嫁ぐ日まで』(40)の原節子が新婚旅行でやって来たのも、渡辺邦男監督『熱砂の誓ひ』(40)の長谷川一夫と李香蘭(山口淑子)が出会ったのも、この川奈ホテルだ。清水宏監督『金環蝕』(34)の桑野通子が広々とした芝生の上で気持ちよさそうに空振りばかりしていたのも、たぶんここのゴルフコースだろう。ホテルの宿泊はゴルフ予約客優先。タテマエとしては誰でも利用できるのだが、貧乏人には場違いと感じさせる空気が漂っているらしいので、映画で見ておくに限る。
再び葛城山に戻る。ふもとの伊豆長岡駅の売店には、ギョロ目の江川太郎左衛門(36代)の自画像を写したノボリがはためき、彼が発明した国産初のパンを売っている。江川家は代々、関東一円を治めた代官で、36代太郎左衛門は韮山に大砲鋳造のための反射炉を建設し、江戸湾に砲台(お台場)を築き、伊豆下田に入港した英国軍艦の艦長とオランダ語で話し、逃亡中の高野長英をかくまったりもした大変進歩的な名代官だった。その屋敷は反射炉とともに韮山に現存。詳しくは、みなもと太郎の大傑作大河歴史ギャグ漫画『風雲児たち』全30巻(描き下ろしの続編も刊行中。潮出版)を読んでもらいたい。
五所監督『伊豆の娘たち』(45)の航空技師・佐分利信は三浦光子と麦刈り作業を手伝ったあと、狩野川の土堤から韮山反射炉を遠望しながら、技術者としての大先輩・江川太郎左衛門を讃える。幕末の動乱を生きた江川に自らをなぞらえ(撮影当時、東京はすでに焼け野原と化していたはずだ)、日本の敗戦と明るい新時代の到来を信じての言葉だろう。彼らを包む春の伊豆の穏やかな陽光には、この言葉を裏打ちするような透き通った明るさがある。伊豆や駿河湾沿岸の山や川を歩いていると、この透明であたたかい東海の光が映画監督としての清水宏をも育んだように思えてくる。
清水宏、五所平之助作品を含めて、これまでにこの連載で紹介してきた古い日本映画を見たいという人は、下記を参考にしていただきたい。
西武池袋線の大泉学園駅南口(立体交差点の前)のサンセットというレンタルビデオ店には映画、アニメ、ドキュメンタリー、バラエティなど、ありとあらゆるビデオが揃っていて壮観。テレビドラマなら『ナショナルキッド』から勝新太郎の『警視−K』全巻まで並んでいるし、日本映画に関しては、おそらく日本で屈指の在庫を誇る店だろう。松竹、大映のビデオライブラリーはほとんど全作品が在庫していて、清水宏作品もビデオ化されたものは、ほぼ揃っている。
PLC、東宝、新東宝、大映、日活の古い映画のビデオは、キネマ倶楽部(電話03-3965-5330)から通信販売されているが、最近、製造中止が決まったらしいので買いたい人は在庫のあるうちに。1本6500円。キネマ倶楽部作品はレンタル店にはないが、図書館だと置いてあるところもある。西武池袋線の清瀬駅前図書館には約700タイトルのうち半分以上がそろっていて、島津保次郎、清水清、成瀬巳喜男、マキノ雅弘、川島雄三らの傑作の数々もある。ほかに松竹、東映などの旧作も大量に所蔵。隣接した市の市民も利用できる。西友4階。夜7時まで。月曜休館。大泉学園と清瀬の中間の保谷、ひばりヶ丘あたりに引っ越せば、前記のサンセットも清瀬駅前図書館も利用できて便利である。ビデオを見るために安アパートを借りても、モトは取れると思う。
オープン4周年を迎えたラピュタ阿佐ヶ谷は、今どき戦前戦後の古い日本映画を上映してくれるフツウの映画館として貴重な存在。先日、松竹大船撮影所特集の1本としてビデオ未発売の清水宏監督『暁の合唱』(41)が上映されたので、初めてこの名画座へ出掛けた。この映画は『有りがたうさん』(36)と同じバス運転手の話(佐分利信が自動車、しかもバスを運転しているのは実に不思議な光景)だが、東北が舞台なのに伊豆長岡でもロケしていて、麦畑の向こうに城山らしい山が映っていたのは嬉しかった。劇中の乗合バスも『有りがたうさん』のときのオンボロ・バスと同じもののように見える。
ラピュタ阿佐ヶ谷はJR阿佐ヶ谷駅北口徒歩2分。駅前左手の細い路地を入ると右手に『天空の城ラピュタ』を思わせるユニークな外観のビルがあり、1階が切符売り場とロビー、2階が映画館。入場券が整理券になっていて、入替えの時間になると整理券の番号順に入場。席取りの心配もない。もっとも僕が行った日は10人ぐらいしか客がいなかった。定員50名の小さな名画座だが、清潔な館内、見やすいスクリーンに座り心地のいい椅子。こういう名画座をつぶさないために、毎回満員になるよう少しでも多くの人に見に行ってもらいたい。 |
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