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期間限定特別価格(1575円!)の「DVDライブラリー」(ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン)から「ユニバーサル・ザ・ベスト」として映画ファンにはこたえられない作品が次々に出ている。さながらDVD名画座といったところ。
アンソニー・マン監督、ジェームズ・スチュアート主演の西部劇、『ウィンチェスター銃'73』(1950)と『怒りの河』(1952)が昨年末に出て、目がくらむ思いだった。
戦前からとくにフランク・キャプラ監督のヒューマン・コメディー(『我が家の楽園』『スミス都へ行く』『素晴らしき哉、人生!』)の善良で誠実で一途な青年の役で知られたジェームズ・スチュアートが、傷つきやすく一途ではあるがタフで復讐心に燃える西部の男を演じて、戦後の新しいキャリアの出発点になった2作である。ともに西部小説の作家でもあるボーデン・チェイスの脚本だ。アンソニー・マン監督、ジェームズ・スチュアート主演の西部劇では、ほかに『遠い国』(1954)がやはりボーデン・チェイスの脚本だが、ハワード・ホークス監督の『赤い河』(1948)からロバート・アルドリッチ監督の『ヴェラクルス』(1954)、キング・ヴィダー監督の『星のない男』(1955)、ジョン・スタージェス監督の『六番目の男』(1955)等々に至るまで、戦後の傑作西部劇の一群の脚本家としてのボーデン・チェイスの名を知らない映画ファンはいないだろう。
監督がアンソニー・マンからジェームズ・ニールソンに代わったものの、同じボーデン・チェイスの脚本で(アンソニー・マン監督で撮影に入ったが、ボーデン・チェイスの意向に添わず、途中で降板した)、ジェームズ・スチュアート主演の知られざる(というほどではないにしても、やや地味で評判も低く、とはいえファンには忘れがたい)西部劇『夜の道』(1957)も出た。ジェームズ・スチュアートとB級西部劇の小柄だが大スターだったオーディー・マーフィーとの共演で、兄弟の役を演じた。悪の道へ入った弟のオーディー・マーフィーと兄のジェームズ・スチュアートの対決というプロットは『ウィンチェスター銃'73』の兄(ジェームズ・スチュアート)と弟(スティーヴン・マクナリー)の関係と同じだ。強盗団のじつに強烈で魅力的な悪役を演じるダン・デュリエも共通項だ。画面に出てきたとたんに危険な雰囲気をかもしだす俳優だ。ナチス・ドイツを逃れてハリウッド入りしたフリッツ・ラング監督のフィルム・ノワール、『飾窓の女』(1944)や『スカーレット・ストリート〜緋色の街〜』(1955)で注目された性格俳優である。『ウィンチェスター銃'73』は最初、フリッツ・ラング監督で企画された西部劇だったということだから――フリッツ・ラング監督はドイツ時代から西部劇を試みており、ハリウッドに来てからもすぐ『地獄への逆襲』(1940)と『西部魂』(1941)という傑作を撮っていた――ダン・デュリエはもしかしたらフリッツ・ラング監督のキャスティングだったのかもしれない。
『ウィンチェスター銃'73』はモノクロ作品だが、「カウボーイも無法者も保安官も兵士も秘宝として崇め、インディアンはそのために魂をも売るといわれた」1873年製ウィンチェスター連発ライフルをめぐる物語の展開の連続活劇的なおもしろさといい、追う・追われるのスピーディーな追跡劇のすばらしさといい、ラストシーンの岩壁に弾丸がはねかえる迫真的な撃ち合いの描写といい(屹立する岩山、断崖の上下の構図を生かした決闘は少なくともフリッツ・ラング西部劇からアンソニー・マン西部劇に至る異色のパターンである)、すべてが見ごたえ十分だ。
『怒りの河』と『夜の道』はテクニカラー作品だが、『夜の道』のほうは1960年代に開発されたテクニラマというシネマスコープふうに横長にしたワイド・スクリーンのせいか、色彩の鮮度をやや欠くのが残念なのだが、『怒りの河』のほうは夜のシーンも(夜のシーンが多いのもアンソニー・マン西部劇の魅力的な特色だろう)まるでテクニカラーが闇にとけこんだような濃度を感じさせて、かつて劇場で見たときの興奮をよみがえらせてくれる。ジェームズ・スチュアートとアーサー・ケネディ(ダン・デュリエに次いでアーサー・ケネディのような名傍役の魅力も強調しなければならない)が夜の闇をぬって小川の流れる林の奥で少数のインディアンと殺し合う緊迫感あふれるシーンもすばらしい。 |
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