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――いま、柳下さんのようにプロの「無声映画伴奏者」として仕事をされている人はほかにおられますか。
柳下 日本では、フィルムセンターの催すものに伴奏をつける方とか、マツダ映画社の弁士さんとごいっしょしている楽団の方などがいらっしゃいますが、無声映画伴奏を主に職業として名のっている方にはお会いしたことがありません。ただ、海外には、昨秋フィルムセンターでおこなわれたカール・ドライヤー特集上映に来日したニール・ブランドさんのようなプロのサイレント映画伴奏者もいるようです。イタリアで毎年おこなわれる無声映画祭でもブランドさんは常連で弾いていらっしゃいます。そこには各国のアーカイヴ、映画博物館、フィルム・ライブラリー関係の方も多くいらっしゃるので、多くの国から招待されることも多く、ブランドさんご自身は作曲家・ピアニスト・俳優と名のっていますが、かなりの割合で無声映画伴奏をおやりになっていらっしゃるようです。
――カール・ドライヤー特集のときのニール・ブランド氏の精力的なピアノ伴奏には感嘆したものの、じつは、奇妙なことに、私が以前にパリのシネマテークで伴奏なしの純粋なサイレント作品としてカール・ドライヤーの映画を見たときの印象とあまりにも違うのでおどろいたんです。サイレント映画を純粋に、というか、単純に生のままのサイレント映画として見たときの息づまるような緊張感から解放され、たとえば『あるじ』(1925)のような、むかし見たときにはただもう暗い、重い、陰気な作品だったのが、今回は軽快なピアノ伴奏が付いただけで、まるでロマンチック・コメディーのようなたのしい作品になっているんですね。伴奏なしのサイレントでは笑いがのどにつかえてしまう重苦しい映画という印象だったのですが……。それに、これはフィルムセンターでなく朝日ホールのほうで、ピアノもニール・ブランド氏ではなく日本人のピアニストの伴奏でしたが、カール・ドライヤー監督の名作中の名作として知られる『裁かるるジャンヌ』(1927)を見たときも、伴奏音楽が邪魔な感じで、かつて音なしで見たときのような息苦しいまでの圧倒的な緊迫感を欠いてしまっているようで、なんだかがっかりしてしまったんです。あの息を呑むサイレントの緊迫感の印象は、もしかしたら、ジャン=リュック・ゴダール監督の『女と男のいる舗道』(1962)に引用された『裁かるるジャンヌ』のシーンのサイレント画面の強烈な効果の影響もあるかもしれません。それにしても、昨年のカール・ドライヤー特集で上映された『裁かるるジャンヌ』は完全復元版の美しいプリントでしたが、まるで別の作品を見たような感じでした。映画のラストに、たしか、公開当時に伴奏音楽とともに上映された記録はないといった意味の「ことわり書き」があって、なるほどと思ったんですが……。生意気で無謀な言いかたかもしれませんが、ひょっとしたら伴奏音楽を根底から拒絶するサイレント映画もあるのではないかと思うんですね。『裁かるるジャンヌ』はとくに「限りなくトーキーに近づいた」サイレント映画として知られる名作ではあるのですが……たとえば双葉十三郎氏も「究局の映像表現」を追い求めた作品と絶賛し、「字幕が入っていたかどうか想い出せないくらい」だし、「弁士がなにをしゃべったかもおぼえていない」と書いていますね(「ぼくの採点表 別巻(戦前篇)」、トパーズプレス)。
柳下 『裁かるるジャンヌ』は断片をつなぎ合わせて、のちにサウンド版として公開されたとフィルムコレクターの方からうかがいました。どうも字幕を消して台詞をトーキー録音したようです。その版に私が所有している楽譜の音楽がつけられていたかどうかは定かではないのですが、ベートーヴェンの「交響曲第9番」のように声楽がつけられており、冒頭はジャンヌと女性の声で呼びかけるようなメロディーになっています。とても緊張感のある大々的なオラトリオといった形式で、オーケストラ演奏をしたら壮大な叙事詩といったものになると思います。
――その楽譜は『裁かるるジャンヌ』がいつ、どこで上映されたときのものなのでしょうか。
柳下 たぶんフランスだと思うのですが、レオ・プージェとヴィクトール・アリックスの「スクリーン・ミュージック」(musique
d'ecran)として1928年のイになっています。他の資料には1928年12月31日と記されてありました。「田舎の乙女の夢」とか、「愛の唄」とか、「火刑台に」とか、13もの小タイトルがつけられた80ページの楽譜です。あまりに歌詞が多いので、この楽譜を単独で上演したようにも思えます。
――それはまったく知りませんでした。資料としても貴重なものですね。『裁かるるジャンヌ』はデンマークの監督がフランスで撮った作品ということもあるせいか、フランス版とデンマーク版があって(有名なのはクローズアップの連続で知られるフランス版ですが)、フランス版のネガは2度の火事で消失してしまい、昨年のカール・ドライヤー特集で上映されたものは1984年にノルウェイかどこか北欧で発見されたデンマーク版のプリントから復元されたものなんですね。上映時間もフランス版よりかなり長いものでした。それがカール・ドライヤーのディレクターズ・カットかどうかはわかりませんが、印象がずいぶん違ったのも伴奏音楽だけの問題ではないのかもしれませんね。
柳下 私のドライヤー体験はサイレント映画に関してはほぼ昨年のフィルムセンターにおける特集上映が初めてでしたので、ピアニストの方のバラエティに富む表現に圧倒されたんです。でも、たしかに、作品の印象が変わってしまうほどになると、ピアニストの解釈による伴奏の限界も感じます。
――いや、柳下さんのピアノが過剰な伴奏に感じられたことは一度もありません。柳下さんはいわゆる映画音楽、トーキー以後の映画音楽とサイレント映画の伴奏音楽の違いをどのようにとらえておられますか。
柳下 トーキー以降の映画とサイレント映画の伴奏音楽との最も大きな違いは、サイレントは当然のことながら台詞が発音されないのでその部分も音楽で補うということだと思います。日本では弁士がいて台詞が説明されるわけですが、通常は音楽で弁士の役割もすることになります。といっても、もちろん、やりすぎないようにはしていますが。
トーキーの音楽ですと監督の指示を得て、同じフレーズを何度も使って印象づけるということをよくやりますが、サイレントの場合は当時のオリジナルの楽譜がない作品(ということは監督の指示のない作品ということですが)に対してとくに曲で印象づけると、映像よりきわだってしまいかねないので、なるべく雰囲気を出すだけにとどめるよう心がけています。とはいっても、効果的に使えるときはテーマを決めてそれを展開していきますが……。
サイレントでは監督が指示を出している音楽はきわめて少ないということもあるので、その分、私はいつも、これでいいのだろうかと迷いながら曲を作っております。でも、トーキーでもこの音楽は???というような曲のつけかたもあって、たぶん監督の指示がなくて比較的自由にやってるんだろうなと思うと、少し気楽になります。ただ、自己満足に終わらないように、観客が映画に入り込みやすいように流れをつくっているつもりですが、まだまだ修行が必要のようです。日々勉強といった状態です。
――柳下さんの最もお好きな映画音楽は何ですか。
柳下 エンニオ・モリコーネの『天国の日々』(テレンス・マリック監督、1978)でしょうか。モリコーネは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(セルジオ・レオーネ監督、1984)のノスタルジックな曲も好きです。サイレントの伴奏音楽ではイギリスに行ったときに初めて見た『第七天國』(フランク・ボザーギ監督、1927)。映画もオーケストラ演奏の音楽もすばらしくて、すごく感激しました。いつか私もこの作品に曲をつけたいと思いました。この作品の主題歌が残っていて、「ディアンヌ」というのですが、とてもすばらしいのです。
――ディアンヌはジャネット・ゲイナーの演じるヒロインの名ですね。英語読みではダイアンですが、パリのしがない恋人たちの話なので、ディアンヌのほうが気分が出ますね。
柳下 昨年の暮れにパルテノン多摩で『第七天國』をピアノで弾いたんですよ。チャールズ・ファレル扮するチコが戦争に行くまでの長いラブシーンのふたりの心の動きを私のオリジナル作曲と主題歌「ディアンヌ」を使って弾いているうちに、自分自身が作品にひきこまれて心臓が高鳴り、涙が出てきそうになりました。
――それは見たかったですね、柳下さんのピアノ伴奏で。すばらしい映画ですしね。メロドラマと言ってしまえばそれまでですが、こんなに美しい映画もめったにないと思います。柳下さんがピアノ伴奏をやってみたいという映画はほかにどんなものがありますか。
柳下 フリッツ・ラング監督の『死滅の谷』(1921)なんかも、いつかやってみたい作品です。
――ドイツ表現主義映画の名作の1本ですね。死神が3本のロウソクに3つの物語を託して語るという神秘的な映画で……。
柳下 第3話の中国篇のコミカルなところやロウソクが1本ずつ消えていくところがとくに好きな場面です。
――ぜひ柳下さんのオリジナル曲とピアノ伴奏で『死滅の谷』を見たいですね。
柳下 そう言っていただくだけでも本当にうれしいです。
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「サウンド・オブ・サイレント」柳下美恵

無声映画伴奏ピアニストの柳下美恵さんが、無声映画15作品の音楽をオリジナル曲で構成した、ピアノソロCD「サウンド・オブ・サイレント」をリリース。グレタ・ガルボやリリアン・ギッシュ出演のうるわしきメロドラマから、チャップリンやキートンの抱腹絶倒のコメディまで、無声映画の多彩な魅力がピアノで楽しめる。

LAZULI-0406 定価2,500円(税込)。
詳細はhttp://www.ltokyo.com/yanasita/
miespick.html。 |
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――このたび、柳下さんのピアノ演奏によるサイレント映画音楽集「サウンド・オブ・サイレント」のCDが発売されましたが、「サウンド・オブ・サイレント」というのは柳下さんのピアノ伴奏で1998年から東京・神田駿河台のアテネ・フランセ文化センターで定期的におこなってきたサイレント映画上映会の名前でもありますね。
柳下 1998年6月9日にD・W・グリフィス監督の『恐ろしき一夜』(1914)をやったのが「サウンド・オブ・サイレント」の第1回でした。第2回が同じ98年の10月20日に、キング・ヴィダー監督の『涙の舟唄』(1920)、第3回は99年5月13日に、ルドルフ・ヴァレンチノの『黙示録の四騎士』(レックス・イングラム監督、1921)。第4回は2000年11月22日に、『散り行く花』(D・W・グリフィス監督、1919)。第5回が昨年の10月10日のドイツ映画2本、『帰郷』(ヨーエ・マイ監督、1928)と『モンブランの嵐』(アーノルド・ファンク監督、1930)です。今年も第6回として9月17日にロシア映画の『ベッドとソファ』(アグラム・ローム監督、1927)をやりました。
――『ベッドとソファ』はすばらしい作品でした。まったく初めて見る作品で、おどろきの連続でした。1920年代のロシア映画にこんなものがあったのかと、大発見でした。ボリス・バルネットと同じようにたのしめました。いつもすばらしい作品を見せていただいて感激しています。サイモンとガーファンクルのヒット曲「サウンド・オブ・サイレンス」をモジった「サウンド・オブ・サイレント」というシャレた命名は柳下さんのアイデアですか。
柳下 命名は私の夫(映画評論家・柳下毅一郎氏)です。私としては、より広く映画ファンの方々にサイレント映画の魅力を伝えたいという思いから始めました。
――ありがとうございました。 |
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