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札幌在住の映画ライター、自称「札幌のアントワーヌ・ドワネル」氏から、映画狂ならではのこんな便りが届いた。
……同封させていただいたビデオですが、これは島耕ニ監督、市川雷蔵&若尾文子共演の大映作品『安珍と清姫』です。こんなことは失礼と思いながらもお送りしたのは、この中で若尾文子の乳首が見えるからなんです。寝っころがって見ていましたら、「……! オー!」と叫んで、ガバッと起き上がってしまいました。ほんの一瞬ですが、確実に見られます!
<これ以降は、「見える」状況を細かく書いておりますので、出来ましたら、ビデオを見てからお読みください。>
確かに若尾文子は増村保造作品、川島雄三作品ほかでセミヌードっぽい、スレスレの艶技をしていますが、脱いでるといっても脚とか背中とか、そういった部分だけ。全身ヌードのうしろ姿などは、おそらく吹き替えを使っている、と思います。それは天下の大映映画を支える看板女優でしたから当然だと思いますけど、ではなぜこの映画でこのシーンだけが許されたのか!?
見ていると判りますが、雷蔵の安珍がキュッと振り向くや、若尾文子の清姫の着物を思う以上に素早く引き下げたので、若尾文子がそれに対応しきれずに、チラッと胸が露出するのがうつってしまった、という感じです。それに気づいた若尾さんが、非常にあせった表情でポッと頬を染めているのがよく分かります。見えた胸よりも、そのあせって頬を赫らめた若尾さんの表情が、可愛いのです。この上もなく愛しいのです。
当時は(1960年の作品ですから)、日本の映画界も撮影に追われ、映画スターはいちいちラッシュや試写を見なかった(それくらい多忙だった)といいますが、それにしてもこのシーンだけどうしてすり抜けて、本編に入ることができたんでしょう? シーンが映画の後半にも雷蔵の安珍の回想の中で再登場するのですが、別テイクが使われており、そこではしっかり胸が見えないように若尾文子が着物を抑えています。つまり、「胸が見えない」別テイクがちゃんとあったんですよ。だから、そっちに差し替えてくれという要求もできたと思うんです。
でも僕が一番不思議なのは、こんなトピック満載の『安珍と清姫』が、若尾ファンの間で「胸が見えるぞ!」みたいな感じで有名になっていない、という事実です。それとも僕が知らないだけで、若尾マニアの評論家の間ではすでに「当たり前」と化したことなのでしょうか?
こんな下ネタでこのビデオを送るのは本当に失礼かと思いましたが、「ワンダーマガジン」編集部の藤川愼さんが「送ってあげると喜ぶよ」と再三言うものですから……。でも、僕らにとっては、若尾文子の乳首が見える、というのはサユリストにおける吉永小百合のヌードにも匹敵するような<一大事>ではあります。
ですが、もしすでにこの映画を見ておられて、このシーンを知っていましたら、この手紙ともどもゴミ箱に捨てていただいて結構です。
といった物狂いの文面なのだが、どうです、映画を見たくなるでしょう? だから、私はもちろん手紙もビデオも(たしかに私は「このシーン」を知らなかったし)ゴミ箱などに捨てずに、私信だけにとどめておくのがもったいなくて、この一文を公表し、映画狂のなかの映画狂として知られたサミー・デイヴィス・ジュニアのように「このすばらしい楽しさのいくぶんでも他の人々とわかたなければならぬと考えた」のである。というのも、まさにサミー・デイヴィス・ジュニアの体験的映画エッセイ集「ハリウッドをカバンにつめて」(清水俊二訳、早川書房)の次のような一文を思いださずにはいられなかったからである。女優のクローデット・コルベールについて書いた映画狂いの一文だが、以下にそのさわりを引用しつつ、「札幌のアントワーヌ・ドワネル」氏への私なりの返信に代えさせていただきたいと思う。
……彼女は映画史上初の入浴シーンを見せた女優の一人だった。映画は『クレオパトラ』(セシル・B・デミル監督、1934)だ。彼女が衣装を脱ぐ場面を国中が見守っていたが、見えたのはくるぶしだけだった。私たちはみな彼女が何かまとっていたことを今は知っているが、彼女が全裸だったという噂があっというまに世間にひろがった。私たちは禁断の太ももがちらっとでも見えるのではないかと映画館に押し寄せた。何も見えるはずはないのだが、誘惑を断ち切れなかった。大ぜいの観客がつめかけた。私は彼女の乳房をひとめでも見ようと必死の思いでスクリーンを見つめた。
映画館の暗闇のなかのスクリーンと観客の関係はいわば露出狂とのぞき魔の関係にあると言ってもいいだろう。ビデオ時代・DVD時代になっても、その原則は失われていないのだと思う。 |
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