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長びく風邪を押して、「活動倶楽部」の例会へ(3月28日)。「大河内傳次郎 人と作品◎その魅力のすべて」(朝日ソノラマ)などの名著で知られる梶田章氏の解説で氏の貴重なフィルム・コレクションから『國士無双』(伊丹万作監督、1932)と『旅姿人気男(もの)』(渡辺邦男監督、1949)が上映される。めったに見られない2本立てだ。
といっても、伊丹万作監督の『國士無双』は、周知のように、完全版が残っておらず、ほんの断片しか見られない。1986年にリメークされたが(保坂延彦監督『国士無双』)、リメークされたことを記しておくだけにしよう。
かつて9.5ミリの「おもちゃフィルム」として売られていた断片を35ミリにブローアップしたものを東京国際映画祭における特別上映で見たことがあるけれども、「活動倶楽部」の例会で上映されたものは16ミリ版で、画面もずっと鮮明だった。梶田章氏の解説によれば、昭和10(1935)年ごろ、16ミリ愛好家のために名作の見どころを抜粋した「16ミリの縮刷版」が数多く売り出されたが、梶田氏の手に入れた『國士無双』は「日活から日活グラフとして発売された16ミリフィルム2巻組の後半1巻分(サイレント回転で約13分)」とのこと。
東京国際映画祭で上映された版にはその2巻組の前半に相当するシーンも入っていたような気がする。というのも、『國士無双』は「ほんもの」と「にせもの」が剣の腕を競って「にせもの」が勝ってしまうという有名なナンセンス時代劇なのだが、「にせもの」が画面に登場する最初のシーン(かと思われる)では、なんと、「にせもの」と書いたお面というか、紙1枚を顔に貼りつけた人物が出てくるのである! これだけで大爆笑だった。
「にせもの」を演じるのは、ナンセンスものが大好きだったという時代劇スター、片岡千恵蔵。「ほんもの」を演じるのは、のちに「アーノネ、オッサン、ワシャ、カーナワンヨ」という口ぐせというか、名せりふ(!?)でアーノネのオッサンとよばれる人気者になる珍優、高勢實乗。「にせもの」に敗れて屈辱のあまり、ふたたび修行し直すために山にのぼり、絵に描いたような真っ白な総髪、雪のごときひげを3尺くらい胸に垂らしたものすごい仙人(これを演じているのが、なんと、怪優とも言うべきコメディアン、伴淳三郎とのこと)に剣の道の指南を仰ぐ。ここが「16ミリフィルム2巻組の後半1巻分」のクライマックスとも言うべき抱腹絶倒のシーンで、当日は活弁なし、柳下美恵さんのピアノ伴奏だけの上映会だったが、仙人がいろりの鍋のふたを手に取って「いざ、どこからでも打ち込んでまいれ」と身構えるものの、薪をつかんだ「ほんもの」に「ヤッ」とばかりに1発脳天をどやされて、あっけなく倒れてしまうところは、おたまじゃくしがとびあがってひっくりかえるようなピアノの鍵盤のひと突きとともに大爆笑だった。そのあと、仙人が「ほんもの」の足腰をもんだり、薪を割って飯を焚いたりして、へこへこしているところがあって、またも大爆笑。梶田氏が「活動倶楽部」の解説書にも書かれておられるように、「無声映画の中で、意表を突く面白さに満ちた」この「伊丹万作の傑作が、全巻残っていないのは無念としか言いようがない」けれども、これも映画的な運命なのだろう。
渡辺邦男監督の『旅姿人気男(もの)』も16ミリ版だが、トーキーで1時間5分(10分ほどの欠落部分があるとのことだが)、たっぷり見られた。大河内傳次郎とエノケンこと榎本健一の共演である。
終戦直後の日本では、映画でも芝居でもGHQ(連合国総司令部)の命令でチャンバラが禁じられたが、そのころの旅回りの剣戟一座の物語(原作は高田保の人情喜劇「大ざくら剣戟団」)。チャンバラのない芝居から客も去り、座員も去って、残った座長(大河内傳次郎)と何でも屋の下っ端役者(エノケン)が、それでも観にきてくれたわずかなお客のために、ふたりだけで舞台のすべてのレパートリーを演じてみせるところが見どころになる。なかでも、「国定忠治・赤城山の場」で、大河内傳次郎のどっしりとして風格ある国定忠治に対して、エノケンが右半身と左半身に半分ずつ別々のかつらや衣裳をつけて子分ふたりをひとりで演じ分ける(もちろんワンシーン=ワンカットのなかで!)珍演が絶品であった。 |
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