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プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客
第4回 美少女チャン・ツィイーに捧げた愛の詩
第5回 アニメーションの冒険
第6回 映画の宝物
第7回 羽仁進とジャン・ルノワール
第8回 誰が映画を殺すのか
第9回 映画の後で
第10回 映画戦線異状なし?
第11回 「映画」から遠く離れて
第12回 年末年始は映画三昧
第13回 いくつかの映画的「快挙」
第14回 『犬猫』『ヒッチコック・コレクション』『阪妻映画祭』など
第15回 ヌーヴェル・ヴァーグ再考
第16回 フランソワ・トリュフォー -わが人生の映画たち-
第17回 チェコアニメの夏
第18回 生きた、愛した、歌った。
第19回 『十七歳』を忘れないために





 風邪で寝込んでしまい、テレビを見るだけの日々がつづく。CATVの30チャンネル(NHK衛星第1)で『米大統領の愛した映画 ホワイトハウス映写技師の記録』前後篇が2日連続で放映された(3月24日/25日)。フローズンテレビジョンの2003年制作のドキュメンタリーで、ロバート・ペン・ウォーレンのピュリッツァー賞受賞小説とその映画化作品『オール・ザ・キングス・メン』(ロバート・ロッセン監督、1949)をモジった『オール・ザ・プレジデンツ・ムーヴィーズ』という原題はシャレているのだが、もしかしたら、『大統領の陰謀』(アラン・J・パクラ監督、1976)の原題『オール・ザ・プレジデンツ・メン』のモジリにすぎないのかもしれない。

 ホワイトハウスにおける映画上映は、第20代大統領ウィルソン時代のイタリア映画の超大作『カビリア』(ピエロ・フォスコ監督、1914)とアメリカ映画の超大作『国民の創生』(D・W・グリフィス監督、1915)からはじまり、第31代大統領フーヴァー時代の1929年から映写設備も本格化し、第32代大統領フランクリン・D・ルーズヴェルト時代から試写室を社交の場として発展させた、等々といった流れや、人種差別の映画『国民の創生』の上映はホワイトハウスの汚点として記録されているといったことや、『ザ・プレジデンツ・ミステリー』というフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領の原案による1936年の知られざるアメリカ映画があることや、フランシス・コッポラ監督が『地獄の黙示録』(1979)を第41代大統領ジョージ・H・ブッシュに見せるためにまず最初にホワイトハウスに持ちこんで上映してみせたこととか、第35代大統領ジョン・F・ケネディはマリリン・モンローとの情事とはうらはらに清純派のオードリー・ヘップバーンの大ファンだったこととか、第37代大統領ニクソンは映画検閲が好きでハリウッドで最も嫌われたこととか、ゴシップ的ながら興味深い話もあるにはあるのだが、ハリウッドの俳優出身の第40代大統領レーガンはすべて映画をヒントに政治をおこない、現実と映画を混同していたなどといった短絡的なコメントにはあきれてしまう。たしかに「スター・ウォーズ計画」とか、演説のときの「メイク・マイ・デイ(いつでも来い)!」というダーティハリーの名せりふとか、いかにも映画好きらしいレーガン大統領ではあったとしても。

 後篇の副題も「政治のヒントは映写室にあった」というのだが、アメリカ歴代の大統領の愛した映画のベスト・テンというのは、すべて王の家来ならぬオール・ザ・プレジデンツ・ムーヴィーズ――すべて大統領の映画――とはいうものの、ほとんどケネディ以降のホワイトハウスの試写室の上映記録回数の記録にもとづくもので、1.『真昼の決闘』(フレッド・ジンネマン監督、1952)、2.『日本人の勲章』(ジョン・スタージェス監督、1955)、3.『カサブランカ』(マイケル・カーティス監督、1942)、4.『ローマの休日』(ウィリアム・ワイラー監督、1953)、5.『パットン大戦車軍団』(フランクリン・J・シャフナー監督、1970)、6.『麗しのサブリナ』(ビリー・ワイルダー監督、1954)、7.『わが命つきるとも』(フレッド・ジンネマン監督、1966)、8.『史上最大の作戦』(製作総指揮ダリル・F・ザナック、1962)、9.『戦場にかける橋』(デヴィッド・リーン監督、1957)、10.『フィールド・オブ・ドリームス』(フィル・アルデン・ロビンソン監督、1989)といった程度のものであった。




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