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(17)の映画への愛は、もはや言うまでもなく、フランソワ・トリュフォーの映画そのもの、フランソワ・トリュフォーその人です。『アメリカの夜』はサウンド・トラックの波状のモジュレーションにクレジットタイトルが流れるというはじまりで、D・W・グリフィスの『見えざる敵』(1916)でスクリーンにデビューしたリリアンとドロシーのギッシュ姉妹に捧げられています。いわば映画そのものへのオマージュなのです。トリュフォー自身が演じるフェラン監督が控室でジョルジュ・ドルリューから電話をとおして映画のテーマ曲を流してもらうあいだに、注文した映画の本が届き、包みをひらくと、ルイス・ブニュエル、カール・ドライヤー、エルンスト・ルビッチ、イングマール・ベルイマン、ジャン=リュック・ゴダール、アルフレッド・ヒッチコック、ロベルト・ロッセリーニ、ハワード・ホークス、ロベール・ブレッソン、ルキノ・ヴィスコンティとトリュフォーの敬愛する映画監督の本が次々に出てきます。
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| 『大人は判ってくれない』 |
フェラン監督が夜ごとうなされてみる夢は、少年時代に映画館の立て看板に貼ってあったオーソン・ウェルズの『市民ケーン』のスチール写真を盗んだ思い出です。『大人は判ってくれない』では、時代が1950年代になっているので、アントワーヌ・ドワネルが映画館の壁からはがして盗むのはイングマール・ベルイマン監督の『不良少女モニカ』(1952)のスチール写真です。映画少年の夢をずっとトリュフォーは映画のなかでも見つづけていたわけです。
オーソン・ウェルズもトリュフォーの映画に大きな影響を与えています。ついでにひとつだけ、『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)のキャメラの長回し、ワンシーン・ワンカットに挑戦したトリュフォーの『華氏451』のキャメラの長回しのシーンを見てみたいと思います。
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(18)のアンリ・ラングロワとシネマテーク・フランセーズは、映画少年の夢をはぐくんでくれた恩師とその学校です。『夜霧の恋人たち』は、1968年1月、アンリ・ラングロワが政府の官僚たちによってシネマテーク・フランセーズから解雇され(その事務局長の地位を奪われ、追放されるのです)、それに反対する「シネマテーク擁護委員会」がアンリ・ラングロワの復帰をスローガンに結成され、トリュフォーはその先頭に立ちながら、同時に撮影をつづけた作品で、閉鎖されたシャイヨー宮のシネマテーク・フランセーズの入口からはじまり、「アンリ・ラングロワのシネマテークに捧ぐ」というトリュフォー自身の書き文字が画面に出ます。シャイヨー宮のシネマテーク・フランセーズの入口からはエッフェル塔がすぐ目の前に見えます。トリュフォーが愛してやまなかったシャルル・トレネのシャンソン「残されし恋には」がしみじみとノスタルジックに流れます。
『夜霧の恋人たち』は、1968年9月、アンリ・ラングロワが館長の地位に復帰したシャイヨー宮のシネマテークでプレミア上映されたのでした。 |
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