トリュフォーの映画的記憶を探る19章
(1) エッフェル塔
(2) 813
(3) リュミエール
(4) 「カイエ・デュ・シネマ」とヌーヴェル・ヴァーグ
(5) ロベルト・ロッセリーニとネオレアリズモ
(6) ジャン・コクトー
(7) ジャン・ヴィゴ
(8) ドタバタ喜劇(ローレル/ハーディ)
(9) マックス・オフュルス
(10) ニコラス・レイ
(11) チャップリン
(12) ハワード・ホークス
(13) ヒッチコック
(14) フリッツ・ラング
(15) ジャック・タチ
(16) ジャン・ルノワール
(17) 映画への愛
(18) アンリ・ラングロワとシネマテーク・フランセーズ
(19) アンドレ・バザン
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 (16)のジャン・ルノワールは、トリュフォーにとって「世界最高の映画作家」でした。『暗くなるまでこの恋を』の冒頭、クレジットタイトルのあと、ジャン・ルノワールの『ラ・マルセイェーズ』(1938)からの抜萃が――再現ではなく、本物のシーンが――引用され、「ジャン・ルノワールに捧ぐ」というトリュフォー自身の書き文字による献辞が画面に出ます。ラストシーン、カトリーヌ・ドヌーヴとジャン=ポール・ベルモンドが雪のなかを、生と死の国境を越え、永遠の愛に向かう美しいシーンは、ジャン・ルノワールの名作『大いなる幻影』(1937)のラストの感動的な国境を越えるシーンを想起させます。『暗くなるまでこの恋を』には、ジャン=ポール・ベルモンドとカトリーヌ・ドヌーヴが大木の根のところにすわって愛を誓うシーンがあり、アメリカ時代のジャン・ルノワールの『小間使の日記』(1946)にまったく同じシーンがあることをトリュフォーにインタビューをしたときに伝えたところ、まったくそのとおり、『暗くなるまでこの恋を』のロケ地で偶然、そっくりの大木を見つけ、その場で思いついたシーンだと言っていました。心ある、とはいえほんの目くばせでしかない即興のシーンだったので、アメリカ版(『暗くなるまでこの恋を』はユナイテッド・アーチスツの製作・配給作品だったので、アメリカ公開版が別編集でつくられました)ではカットされ、日本でもユナイテッド・アーチスツ配給によるアメリカ版が公開されたので、きょうはトリュフォー自身の編集によるフランスのオリジナル版を上映してみたいと思います。ジャン・ルノワールの『小間使の日記』と合わせて見てみましょう。

 『アメリカの夜』はジャン・ルノワールの『黄金の馬車』へのオマージュです。トリュフォーのプロダクション「レ・フィルム・デュ・キャロッス」の「キャロッス」は『黄金の馬車(ル・キャロッス・ドール)』の「キャロッス(馬車)」をいただいたものでした。『黄金の馬車』は「芝居と現実が交錯する」作品で、「愛における誠実さと芸術家(アーチスト)の夢」をテーマにしています。「芝居」を「映画」に変えれば、これはそのままトリュフォーの人生と映画をつらぬくテーマになります。『黄金の馬車』のラストで、恋する男たちがみんな去ってひとり取り残されたヒロインのアンナ・マニャーニに、座長のドン・アントニオはこう言います――「人生とやらにおまえの場はない。おまえが幸福を見出せるのは毎晩ほんの2時間、舞台の上で女優の仕事に我を忘れるときだけだ」。これは、映画づくりを描く映画『アメリカの夜』で女にふられて絶望している俳優のジャン=ピエール・レオーに映画監督の役を演じるトリュフォーの言うせりふに、そっくりそのまま受け継がれます。「忘れるな、仕事がいちばん大事なんだ。わたしたちの幸福は仕事のなかにしかないんだ。知ってるはずだ、わたしたちには映画しかないことを」というせりふです。

 では、ジャン・ルノワールの『黄金の馬車』のラストシーンからつづけて『アメリカの夜』のワンシーンを見てみたいと思います。





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