トリュフォーの映画的記憶を探る19章
(1) エッフェル塔
(2) 813
(3) リュミエール
(4) 「カイエ・デュ・シネマ」とヌーヴェル・ヴァーグ
(5) ロベルト・ロッセリーニとネオレアリズモ
(6) ジャン・コクトー
(7) ジャン・ヴィゴ
(8) ドタバタ喜劇(ローレル/ハーディ)
(9) マックス・オフュルス
(10) ニコラス・レイ
(11) チャップリン
(12) ハワード・ホークス
(13) ヒッチコック
(14) フリッツ・ラング
(15) ジャック・タチ
(16) ジャン・ルノワール
(17) 映画への愛
(18) アンリ・ラングロワとシネマテーク・フランセーズ
(19) アンドレ・バザン
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 (11)のチャップリンは、トリュフォーの映画には意識・無意識を問わず、その影響が見え隠れする存在です。いや、これはトリュフォーの映画にかぎったことでなく、チャップリンとかヒッチコックとなると、その影響を大なり小なりうけてないその後の世代の映画はほとんどないくらいでしょう。ただ、その影響を自ら認識し、自覚した初めての世代がヌーヴェル・ヴァーグなのです。自らの作品に対しても批評家でありつづけた映画作家たちなのです。映画を撮る歓びと同時に、映画とは何かを問いつづける苦悩がヌーヴェル・ヴァーグのいわばポスト・モダン的な意味での「新しさ」であり、以後の映画史を複雑化させていきます。

 トリュフォーはすでに長篇第1作の『大人は判ってくれない』でアントワーヌ・ドワネル少年が牛乳を盗んで飲むところで、壁に貼られたチャップリンの『黄金狂時代』(1925)のポスターをすばやく見せて、飢えを描いたこの偉大な喜劇王に挨拶をしています。それから、『突然炎のごとく』のジャンヌ・モローにチャップリンの『キッド』(1921)のジャッキー・クーガンと同じ扮装をさせたのは意図的だったけれども、『華氏451』の消防署のシーンで消防隊員たちが中央の円柱(ポール)をつたって昇り降りするときに、「円柱(ポール)を片手でつかむと自動的に上に移動し、体をもちあげ、天上を抜けていく」というレイ・ブラッドベリの原作どおりに撮影するために「フィルムの逆回転で円柱(ポール)を一気に昇る方法」を使うことにしたものの、ふとチャップリンの古い短篇喜劇、ミューチュアル時代(1916年)の『チャップリンの消防夫』を思いだし、気にかかって16ミリのプリントを借りてきて試写してみたら、「案の定、50年も前に、すでにこの手が使われていた!」と感嘆と絶望の思いをこめて『華氏451』の撮影日記(「ある映画の物語」)に書いています。では、チャップリンの『黄金狂時代』の有名な飢えのギャグ、食べるものがなくなって靴まで料理して食べてしまうシーンと『大人は判ってくれない』の牛乳を盗んで飲むところ、それからチャップリンの『キッド』と『突然炎のごとく』、『チャップリンの消防夫』と『華氏451』のそれぞれのシーンをつづけて見てみたいと思います。





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