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プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客
第4回 美少女チャン・ツィイーに捧げた愛の詩
第5回 アニメーションの冒険
第6回 映画の宝物
第7回 羽仁進とジャン・ルノワール
第8回 誰が映画を殺すのか
第9回 映画の後で
第10回 映画戦線異状なし?
第11回 「映画」から遠く離れて
第12回 年末年始は映画三昧
第13回 いくつかの映画的「快挙」
第14回 『犬猫』『ヒッチコック・コレクション』『阪妻映画祭』など











 ジャン・ユスターシュ監督の『ママと娼婦』は愛の苦しさと痛みを描く。
 ジャン・ユスターシュはフランソワ・トリュフォー監督の『柔らかい肌』(1964)に熱狂していた。
「愛は苦しいもの?」とフランソワ・トリュフォー監督の『暗くなるまでこの恋を』(1968)のラストで女(カトリーヌ・ドヌーヴ)は男(ジャン=ポール・ベルモンド)に聞く。
 「そう、愛は苦しい」と男は答える。
 「昨日は歓びだと言ったのに」
 「そう、愛は歓びだ。そして苦しい」

 『ママと娼婦』は、トリュフォーの愛をめぐる断章のさらに悲惨なリメークとも言えよう。『ママと娼婦』の主人公を演じるジャン=ピエール・レオーがフランソワ・トリュフォー監督の長篇第1作『大人は判ってくれない』(1959)の主人公の少年、アントワーヌ・ドワネルの役でデビューし、その後「ドワネルもの」とよばれることになるトリュフォーの自伝的シリーズ、『二十歳の恋』(1962)、『夜霧の恋人たち』(1968)、『家庭』(1970)、『逃げ去る恋』(1978)の主人公を演じつづけたことは周知のとおりだ。その間に、ジャン=リュック・ゴダール監督の『男性・女性』(1965)、『メイド・イン・USA』(1966)、『中国女』(1967)に出演した。

 ジャン・ユスターシュ監督が、ジャン=リュック・ゴダール監督の資金的援助を得て、ジャン=ピエール・レオー主演の中篇『サンタクロースの眼は青い』(これもDVDコレクションの1本として発売されるとうれしいのだが……)を撮るのが1966年――『男性・女性』の直後だったと思う。



『アメリ』
 フランソワ・トリュフォー監督の「ドワネル」ものの1本、『家庭』のなかで、ジャン=ピエール・レオーがジャン・ユスターシュに電話をするシーンがある。実際にジャン=ピエール・レオーはジャン・ユスターシュの友人だったが、それ以上にユスターシュとトリュフォーはおたがいの作品を通じて深い共感によって結ばれていた。シャルル・トレネのシャンソンを心から愛したところも共通していた。ユスターシュは『サンタクロースの眼は青い』に、トリュフォーは『トリュフォーの思春期』(1976)に、シャルル・トレネのシャンソンを印象的に使っている。

 『ママと娼婦』のジャン=ピエール・レオーは、いわばトリュフォーの分身のアントワーヌ・ドワネルがゴダール映画の洗礼を受けて出演したという感じだった。ヌーヴェル・ヴァーグの苦悩を、挫折感を、一身に背負ったようなジャン=ピエール・レオーなのである。

 『ママと娼婦』の対極に位置する作品でありながら、フランソワ・トリュフォーへの目くばせ、挨拶とともに、トリュフォーからの引用とイタダキにあふれたジャン=ピエール・ジュネ監督の『アメリ』(2001)のようなヒット作もある。

 ヒロインのアメリが映画館で初めて見る映画がフランソワ・トリュフォー監督の『突然炎のごとく』(1961)である。アメリが働くカフェの女主人に扮するのがクレール・モーリエ――『大人は判ってくれない』のアントワーヌ・ドワネルの忘れがたい母親を演じた、あのクレール・モーリエだ(だいぶ太身にはなっているが!)。映画のナレーションを読むのは、トリュフォー監督の『私のように美しい娘』(1972)でデビューしたアンドレ・デュソリエである。そして、『アメリ』のプロットの重要なカギになっている「破り捨てられた写真」をめぐる物語はトリュフォー監督の『逃げ去る恋』からのイタダキ(と言って悪ければ、そこからヒントを得たずばりリメーク、焼き直し)だ。


『アメリ』
 こんなことはどうでもいいことだし(映画がおもしろければ、それでいいのだから!)、あえて知らなくても映画は楽しめるのだが、知ることによって多少見かたがゆたかになるということはあると思う。それに、そのことだけでもファンには単純にうれしい発見で、私の知るかぎり、『アメリ』についてこうした共感にあふれた指摘をされているのは「ワンダーマガジン」誌の『アメリ』DVD化の特集号に掲載されているジーコ内山氏の「子供映画と片思いの映画の天才監督、トリュフォー監督を思い出しました」という証言だけである。熱のこもったいい文章なので、抜萃引用させていただくと――

 そして、三角関係を描いた名作『突然炎のごとく』(『バニラ・スカイ』でもポスターがはってあった)のジャンヌ・モローのラブシーンの背景に蝿が映ってる事をアメリが映画館でアラ捜しするシーンで引用されているように、この映画(『アメリ』)は故フランソワ・トリュフォー監督に対するオマージュではないだろうか?
 フランソワ・トリュフォー。子供映画と恋愛映画の達人。少年院に入った暗い少年時代を描いた自伝的作品『大人は判ってくれない』、動物に育てられた少年の実話『野性の少年』、子供たちの日常生活を描いた『トリュフォーの思春期』等の子供の世界と、ヴィクトル・ユゴーの娘の壮絶な片思いの映画『アデルの恋の物語』、死者しか愛せない人々を描いた『緑色の部屋』、姉妹の狂気の愛を描いた『恋のエチュード』、狂おしく報われない愛の対照的な世界を描き続けた天才。
 彼に憧れたスピルバーグはスピ版『大人は判ってくれない』といえる『未知との遭遇』に夢想家のクロード・ラコーム博士役でトリュフォーを出演させている位、影響されている。
 アメリと二ノの関係はやたらと手紙を書いたり、回りくどい方法を使っても結局は思いを伝えられないトリュフォー映画の主人公たちにとても似ている。特にアメリが自分の部屋でみつけた宝箱を40年ぶりに持ち主に返すシーン! 今は孤独な初老の男が宝箱を手にして、一瞬で記憶が蘇る回想場面の白黒映像はもろ『大人は判ってくれない』の世界! ビー玉をポケット一杯に詰め込む経験はテレビゲームの洗礼を受けていない世代には誰しも経験があるに違いない。
 公園でニノにアルバムを返す為、凝りに凝った仕掛けを作る行動力があるのならアメリが恋愛に対してあんなに消極的なのは矛盾しているけどね。ただし、ハッピーエンドの多くないトリュフォー映画とは違い、ラストでは幸福感につつまれてしまうけれども。


 そう、『アメリ』のラストは、トリュフォーが愛してやまなかったジャック・ベッケル監督の『幸福の設計』(1947)のラスト、オートバイに乗ったふたりが幸福に向かって走るラストを想起させよう。

 もう1本、これも偶然ながらフランソワ・トリュフォーの映画にちょっとかかわりがあって、というのも、『アメリカの夜』(1973)の冒頭、「この映画をリリアンとドロシー・ギッシュに捧ぐ」というトリュフォー自身の声とともにトリュフォーの自筆による献辞が1枚のスチール写真のうえにスーパー字幕のように出るのだが、そのスチール写真がリリアン・ギッシュとドロシー・ギッシュの姉妹がスクリーンにデビューした1916年のD・W・グリフィス監督の短篇(といっても、そのころはまだ長篇映画というものはなかったので、1本の作品なのだが)、『見えざる敵』なのである。一室に閉じこめられた若い姉妹が鍵穴から銃を射つ室外の見えざる敵に襲われるサスペンス映画だ。そのはるかなリメークがデヴィッド・フィンチャー監督のヒット作『パニック・ルーム』(2002)であった。一室に閉じこめられて襲われるのはジョディ・フォスター親娘なのだが、D・W・グリフィス監督はじつは1909年にすでに同じ物語を母親と子供たち(娘が2人だったと思う)が襲われるという設定でつくっているので(『寂しい別荘』)、そんなこともデヴィッド・フィンチャー監督(あるいはむしろシナリオライター)の記憶のなかにはあったのかもしれない。『パニック・ルーム』のほうは長篇という以上にかなり長い映画なので、見えざる敵の側のドラマも描かれることになり、そのぶんだけ間延びするのはやむを得ないとしても、『ハスラー2』(マーティン・スコセッシ監督、1986)以来どうしても好きになれなかった黒人の性格俳優(監督もしているが)、フォレスト・ホイッテカーが「敵」のなかで古めかしいくらいの善意の悪党を好演していて見直したことを言い添えておきたい。



『アメリ』
監督・脚本:ジャン・ピエール・ジュネ
出演:オドレイ・トトゥ
   マチュー・カソビッツ
2時間1分
2001年/フランス映画
発売:パンド
4700円(税別)
『パニック・ルーム』
監督:デビッド・フィンチャー
脚本:デビッド・コープ
出演:ジョディ・フォスター
1時間52分
2002年/アメリカ映画
発売:ソニー・ピクチャーズ
3800円(税別)
9月27日発売
 




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