Back Number
プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客
第4回 美少女チャン・ツィイーに捧げた愛の詩
第5回 アニメーションの冒険
第6回 映画の宝物
第7回 羽仁進とジャン・ルノワール
第8回 誰が映画を殺すのか
第9回 映画の後で
第10回 映画戦線異状なし?
第11回 「映画」から遠く離れて
第12回 年末年始は映画三昧
第13回 いくつかの映画的「快挙」











 DVD時代ならではのすばらしい「ヒッチコック・コレクションBOX」だ。
第1弾として、どれも見逃せない以下の7作品が出る。製作年代順に列挙すると ――

(1)『逃走迷路』(1942)
(2)『疑惑の影』(1943)
(3)『ロープ』(1948)
(4)『裏窓』(1954)
(5)『ハリーの災難』(1956)
(6)『知りすぎていた男』(1956)
(7)『サイコ』(1960)

 戦争中から戦後にかけての7作品で、戦時下につくられた1940年代の2作品はモノクロ、50年代の3作品はカラーだが、1960年の『サイコ』がまた白黒作品になる―― その理由は特典映像のメイキングやインタビューなどで映画的に明かされることになろう。

 特典映像には予告篇のほか、スチール写真集とか絵コンテのような資料的要素も入っているが、映画をさらにいっそうおもしろくするという意味では、なんと言ってもすばらしいのはメイキング、それも2000年につくられた最新のメイキングである。ヒッチコックがサスペンスを盛り上げるためにどんな工夫をしたかという苦心談、その映画的創造の秘密を垣間見せてくれたあの手この手の数々を、私はフランソワ・トリュフォーがヒッチコックに50時間にもおよぶインタビューをおこなった大冊「映画術ヒッチコック/トリュフォー」を翻訳しながら、映画をもういちど見るかのような興奮とともに読んだものが、同じように、ヒッチコック映画のスタッフ・キャストや研究家や遺族(ヒッチコックの娘、パット・ヒッチコック・オコンネル)がヒッチコックの思い出とともに、映画がいかにしてつくられたかを体験的に、専門的に語る特典映像のメイキング(それも各作品に付く)を映画以上に(と言いたいくらい)たのしんだ。いろいろな裏話を知ったうえで、また映画を見てみたくなる!

 戦争中の破壊工作をテーマにしたスパイ活劇『逃走迷路』の犯人=破壊工作員を演じた――ラストのクライマックス・シーンの自由の女神像のてっぺんから転落していく――ノーマン・ロイドという性格俳優がいかに記憶力がよく、話がおもしろいかということをフランソワ・トリュフォーから聞いたことがあるのだが、そのノーマン・ロイドが『逃走迷路』について語る。「自由の女神像のてっぺんからどんなふうに落ちたのか、よく聞かれるけれども、わたしは回転椅子に腰かけてバタバタしていただけ。目の前のキャメラが天井まで昇っていったんだ」。

 自由の女神像のてっぺん――といっても、正確には右手にかかげたトーチ(たいまつ)と腕の部分―― は撮影所のステージに実物大のセットをつくり、当時はまだ特殊効果といっても、CGなどもなかったころだから、キャメラとスクリーンプロセスとスタントマンだけの合成技術だった。ヒッチコック自身が描いた克明な絵コンテと合わせて、その仕掛けが解明されるところもメイキングならではのぜいたくなおもしろさだろう。

 『逃走迷路』には、映画館に逃げ込んだ犯人と追ってきた刑事たちとが射ち合いになり、上映中の映画のシーンと重なって、スクリーンのなかの人物が拳銃を射つと暗闇のなかの観客のひとりに当たって死ぬというヒッチコックならではの映画的なシーンもある。のちにピーター・ボグダノヴィッチ監督がドライヴ・イン・シアターを使った『ターゲット(殺人者はライフルを持っていた)』(1968)でオマージュをこめて再現してみせたシーンだ。

 『逃走迷路』の映画化の打合わせが真珠湾攻撃の日におこなわれたという話も興味深いが(ヒッチコックがいかに時局に敏感に反応したかがわかる)、その他もろもろ、盛り沢山のメイキングである。


 
『逃走迷路』
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ピーター・ビアテル
   ジョージ・ハリソン
   ドロシー・パーカー
1942年/アメリカ映画
1時間39分
『ロープ』
監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック
脚本・アーサー・ローレンツ
出演:ジェームズ・スチュアート
1948年/アメリカ映画
1時間20分
『ハリーの災難』
監督・製作;アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
出演:ジョン・フォーサイス
1955年/アメリカ映画
1時間39分
『知りすぎていた男』
監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
出演:ジェームズ・スチュアート
1956年/アメリカ映画
2時間
『疑惑の影』
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ソーントン・ワイルダー
   サリー・ベンソン
   アルマ・レヴィル
1943年/アメリカ映画
1時間48分
『裏窓』
監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
出演:ジェームズ・スチュアート
1954年/アメリカ映画
1時間38分
※すべて¥3800(税別)
発売:ユニバーサル・ピクチャーズ
6月28日発売
 
 『疑惑の影』は、ヒッチコックがイギリスからアメリカに移って、初めて「真のアメリカ映画」をつくったと自負する名作である。すでに1940年から42年まで『レベッカ』『海外特派員』『スミス夫妻』『断崖』『逃走迷路』とハリウッドで撮ってきたが、43年の『疑惑の影』を自ら初の百パーセントアメリカ映画と任ずることになるのは、「わが町」で知られるアメリカの劇作家、ソーントーン・ワイルダーに脚本を書いてもらったこと、そしてヒッチコックの最も「家族的な」作品であったこと(娘のパット・ヒッチコック・オコンネルの証言によれば、『疑惑の影』に出てくるパトリシア・コリンジ扮する母親の役名エマはヒッチコックの母親の名だという)から特別の愛着を持ってアメリカ生活になじんでいった作品だったためらしい。

 ういういしい娘役のテレサ・ライトが白髪の老婆になっていろいろと回想するのもめずらしく(サンフランシスコのチャイナタウンで映画のなかの一家がそろって中華料理を食べるシーンがカットされたことなど)、殺人ミステリーの推理狂の役を演じるヒューム・クローニンが「最初は間違って撮影所のオフィスによばれた」話なども愉快だ。『逃走迷路』の犯人役のノーマン・ロイドもそうだが(のちに「ヒッチコック劇場」のプロデューサーになる)、ヒューム・クローニンもその後ヒッチコック一家の重要なメンバーになり、俳優としてだけではなく、『救命艇』(1944)や『ロープ』の脚本にもかかわることになる。

 『ロープ』のメイキングでは、ヒューム・クローニンがその脚本の第1稿を書いた思い出を語る。仕上げ(完成台本)は劇作家のアーサー・ロレンツで、その証言がメイキングの中心になる。1924年にシカゴで起きた同性愛の男たちによる殺人事件をもとにパトリック・ハミルトンが書いたイギリスの舞台劇をアメリカ的に映画化するために、当時はタブーだったホモセクシャルの問題を――発音することすら禁じられて、みな「it(アレ)」と言い合っていたという――いかにボカすということに苦労したか、たとえば「my dear boy」などと映画のなかのせりふでよぶのも検閲にひっかかったこと、等々について述懐する。

 「殺人は芸術だ。その特権を有する者は他より優れた人間であり、その犠牲者となる者は劣った人間である」という「超人思想」にもとづく「殺人哲学」を実践するために完全犯罪を試みる男たちがホモセクシャルな関係にあり、さらに彼らに「超人思想」を教えた恩師もまた教え子たちとホモセクシャルな関係にあったことなど、シナリオライターの口から直接、こうもあからさまに暴露されては、あらためて新しい眼で『ロープ』という映画を見直さなければならなくなるだろう。映画史上唯一のワンカット撮影、ノン・ストップの「10分間撮影」の名高い実験以上に、ヒッチコックはじつは時代に先んじて性的タブーにいち早く挑戦するという実験精神にあふれた映画作家だったのである。

 『ロープ』の教授の役にヒッチコックは当初、『断崖』(1941)と『汚名』(1946)ですでに使って気心の知れたケーリー・グラントを起用したかったのだが、同性愛者の役だというのでケーリー・グラントはおそれをなしてことわったらしい。そこでジェームズ・スチュアートを起用したが、「スチュアートにはその影もにおいもなく、同性愛の面はボケてしまった」とシナリオライターのアーサー・ロレンツは皮肉な口調で指摘する。しかし、ヒッチコックは、『ロープ』でジェームズ・スチュアートの資質に惚れこみ、その後も『裏窓』、『知りすぎていた男』、『めまい』(1958)に起用する。

 『断崖』、『汚名』、『泥棒成金』(1955)、『北北西に進路を取れ』(1958)と4作品に出ているケーリー・グラントとともに、ジェームズ・スチュアートはヒッチコック映画に最も多く出演したスターになるのである。

 『裏窓』は、そのジェームズ・スチュアートの最高作の1本であり(スチュアートも「わたしの最も気に入っている作品で、ヒッチコックの最高傑作だと思う」と「予告篇」のなかで語る)、ヒッチコックの永遠のヒロイン、ヒッチコック的クール・ブロンドのきわみと言っていいグレース・ケリーがはつらつとした美しさにかがやく笑いとスリルのサスペンス映画の傑作だ。しかも今回はCGによる高度のレストレーション(修復)によってオリジナルの鮮明な色彩画面も音声も美しくよみがえったデジタル・ニュー・マスター版である!特典映像もたっぷり、そのメイキングではシナリオライターのジョン・マイケル・ヘイズが、ヒッチコックとの出会いから、『ダイヤルMを廻せ!』の撮影中のセットで初めてグレース・ケリーを紹介され、彼女をヒロインに原作(ウィリアム・アイリッシュの短編小説)にはまったくないロマンスを物語の中心にしたシナリオを書かなければならなかったこと(男がギプスをつけて車椅子にすわったまま動けない身なので、女が代わって行動するという展開になる)に至るさまざまな思い出を語ってくれる。パット・ヒッチコック・オコンネルやスタッフ・キャスト、とくに美術担当やミス・グラマー(とジェームズ・スチュアートの主人公に名づけられて裏窓からのぞかれる半裸のバレエ・ダンサー)の役を演じたジョージーヌ・ダーシーが撮影所の床をぶちぬいたセットとかボタンひとつで朝、昼、晩、夜のムードの照明に切り換えられる仕組みやイヤーホーンをひとりひとりに付けさせて演技指示を与えたヒッチコックのやりかたなどをたのしく回想する、といったぐあいである。

 『ハリーの災難』はヒッチコック映画にしてはめずらしく「濃厚なラブシーン」がない「異色作」で、これも『裏窓』と同じジョン・マイケル・ヘイズが脚本を担当。『泥棒成金』もそうだが、放送作家だったこともあって、とくに台詞をおもしろく書く才能を評価されたようだ。死体をめぐって登場人物たちが右往左往するという「イギリス式のひねりのきいたコメディー」だったとジョン・マイケル・ヘイズも語るように、ヒッチコック的なロマンスは「淡白」だが、死体を埋めたり掘り返したりして「暗闇」と遊ぶヒッチコックのサスペンス・ゲームの原点のような作品でもある。

 バーナード・ハーマンの音楽が初めてヒッチコック映画に使われた記念すべき作品だが、それは『泥棒成金』のリン・マレイが都合つかず、バーナード・ハーマンを代わりに推薦したのがきっかけだったという。その後、『知りすぎていた男』、『間違えられた男』(1957)、『めまい』、『北北西に進路を取れ』、『サイコ』……とバーナード・ハーマンの音楽はヒッチコック映画には欠かせないものになることは周知のとおりだ。『知りすぎていた男』ではクライマックスのロンドンのアルバート・ホールのコンサートで、ロンドン交響楽団の指揮者の役でバーナード・ハーマンが「特別出演」する――その事情もパット・ヒッチコック・オコンネルによって語られるが、それは『知りすぎていた男』のメイキングにおいてである。

 『ハリーの災難』のメイキングでは、スタインバーグの漫画がタイトル・デザインに使われていることにふれられていないのがちょっと残念な気もするが(しかしそれはメイキングの領域ではないかもしれない)、ブロードウェイのミュージカル「パジャマ・ゲーム」に出ていた(主役のキャロル・ヘニーの代役だった)シャーリー・マクレーンのスクリーン・デビューになったこと、死体を演じたのはフィリップ・トルークスという「名優」だったことなどが語られる。

 死体といえば、『ロープ』の予告篇には映画がはじまったとたんに絞殺される青年、ディック・ホーガンが婚約者のジョーン・チャンドラーと公園のベンチでデートしているシーンが描かれる。青年は「じゃ、また」と言って去る。「しかし、それっきり、また会うことはなかった」という人を食った予告篇だ。

 『知りすぎていた男』は、ヒッチコックのイギリス時代のヒット作でアメリカでも大ヒットしてヒッチコックの名を世界的にいっきょに高めた名作『暗殺者の家』(1934)の再映画化である。1941年にアメリカでリメークが企画されたものが15年後にやっと実現したのだという。

 パット・ヒッチコック・オコンネルが『知りすぎていた男』(オリジナルの『暗殺者の家』の原題も同じ『知りすぎていた男』である)というタイトルは「父が映画化権を買って持っていたG・K・チェスタートンの短編小説集の題名」を流用したものであることを教えてくれる。特典映像のメイキングでは、もちろん、いくつかの名場面、主人公夫妻が旅先で知り合った男が突然目の前で暗殺されるシーンや、とくにアルバート・ホールのコンサートでシンバルが打ち鳴らされる一瞬ヒロインの絶叫が狙撃者の銃の手元を狂わせるクライマックス・シーンを、オリジナル(イギリス版)とリメーク(アメリカ版)で比較して見せてくれる。ジェームズ・スチュアートの妻の役を演じるドリス・デイが歌手なので、映画のなかで彼女に歌わせたいと思い、ヒッチコックがジェイ・リヴィングストンとレイ・エヴァンズの作詞作曲コンビに注文した曲が「ケ・セラ・セラ」で、大ヒットし、アカデミー主題歌賞も受賞したという話も出てくる。

 『サイコ』は特典映像とともにすでにビデオディスクでも発売されたものだが、ヒッチコック本人が映画のセット(モーテルや屋敷)に案内する予告篇だけでも見ごたえがあるということだけを記し、あとは、劇場公開のときにいっさいの内容を外部にもらざずに映画の恐怖と興奮を高めた宣伝方法に倣って、すべては見てのおたのしみということにしよう。

 それにしても、ヒッチコックはおもしろい。サスペンスの巨匠、スリラーの神様とよばれるにふさわしいスリルとサスペンスにみちたおもしろさは言うまでもなく、ユーモアもたっぷり、ストーリー・テリングの巧妙なことこのうえなく、映画の、映画ならではの、醍醐味を堪能させてくれる。



『ヒッチコック・コレクションBOXT』
収録作品:『逃走迷路』/『ロープ』/『ハリーの災難』/『知りすぎていた男』/『疑惑の影』/『裏窓』/『サイコ』
¥19800(税別)
発売:ユニバーサル・ピクチャーズ
6月28日発売




「スロウトレイン」に掲載の記事・写真・カット等の無断転載を禁じます。© Works m bros.