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プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客
第4回 美少女チャン・ツィイーに捧げた愛の詩
第5回 アニメーションの冒険
第6回 映画の宝物
第7回 羽仁進とジャン・ルノワール
第8回 誰が映画を殺すのか
第9回 映画の後で
第10回 映画戦線異状なし?
第11回 「映画」から遠く離れて
第12回 年末年始は映画三昧












 宮崎駿監督の長編アニメ『千と千尋の神隠し』がベルリン国際映画祭の最高賞、金熊賞(グランプリ)を受賞して、映画界のみならずマスコミ全体が「快挙」として賑った。今回の受賞は「画期的」で、「日本のアニメが高い水準にあることを示している」という映画評論家の佐藤忠男氏の談話が「朝日新聞」に掲載されていたが、それ以上に「画期的」なのは、俳優が出演するふつうの劇映画と同等にみなされての受賞ということだろう。宮崎監督も「アニメーションを映画として扱ってくれた映画祭の人たちに感謝したい」と語っていたが、たしかに、アニメーションやドキュメンタリーは「映画」とは別のジャンル、特殊なジャンルとみなされてきたのである。

 今回の第52回ベルリン国際映画では、ポール・グリーングラス監督の劇映画『血の日曜日』と同格に同時受賞ということで、『千と千尋の神隠し』の「快挙」となったわけだが、では、同じようにヒロインの千こと千尋というアニメのキャラクターが生身の俳優と同じように主演女優賞の対象になりうるのかという疑問あるいは異議申し立てもありうるだろう。私は『千と千尋の神隠し』のヒロインに主演女優賞が与えられてもいいと思う――それも、文句なしに!

 「映画」としてのすばらしさに、単純に、純粋に陶酔できるからだ。劇映画を超えるすばらしさだとすら言いたいくらいだ。

 宮崎アニメの前作、『もののけ姫』はそれ以上のすばらしさだったと思う。アニメーションをそのまま絵コンテにして実物のセットや本物の俳優で映画化できたら、日本映画も今日の退廃からいっきょに脱却できるのではないかとあらぬ妄想にとり憑かれたりした。亡き香港・台湾の巨匠、キン・フー監督ならそれをなしとげられただろうとさらに妄想をひろげる。

 遅ればせながら、『もののけ姫』とその至れりつくせりの多彩なメイキング集「もののけ姫はこうして生まれた」のDVD化は、これまた快挙と言いたいすばらしさだ。ともにディスク3枚組で、いっぺんには見きれない。このコラムの連載の最初に『もののけ姫』の英語吹替え版の魅力についてはちょっと述べたけれども、その英語吹替え版はもちろん、8か国語の吹替え音声入りである。


 『もののけ姫』は、周知のように、次のような字幕からはじまる。

むかし、この国は深い森に
おおわれ、そこには太古から
の神々がすんでいた。

英語吹替え版(および各国語吹替え版)では、以下のようなスーパー字幕になる。

古代 大地を覆(おお)う森には
大昔から神々の魂が宿り人間と獣(けもの)は平和に暮らしていた
しかし 歳月は流れ
森は破壊に晒(さら)された
わずかに残った森はシシ神に忠誠を誓う獣たちによって
守られていた
それは神々が司(つかさど)る
時代であった

より説明的というよりは、より詩的に――叙事詩的に――なっているのである。


 メニュー映像には、すばらしいドキュメンタリー『もののけ姫 in U.S.A.』も入っている! アメリカ公開のキャンペーン・ツアーで、宮崎監督は、映画とは「模索する」ことだと言い、「私たちの仕事は他人(ひと)からどれだけたくさんもらうかなんです」とたのしげに語る。「私たちの仕事は、創造的(クリエイティブ)というより、リレーのようなものだと私は考えています。子供のときに誰かからバトンを渡されたんです。そのバトンを次にそのまま渡すんじゃなくて、自分の体のなかをいったんとおして、それを次の世代の子供たちに渡すんです。そういう仕事だと思っています」。

 宮崎アニメの魅惑の創造の秘密はこの言葉に要約されると言っていいかもしれない。古今東西の文化(教養、知識、あるいは単に「知」と言ってもいい)を継承した宮崎監督の圧倒的な想像力=創造力の勝利だ。


『もののけ姫』
監督・原作・脚本:宮崎駿
1997年/日本映画
2時間13分
\4700(税別)
発売:ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテインメント
『「もののけ姫」はこうして生まれた』
1998年/日本映画
計6時間37分
\4700(税別)
発売:ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテインメント
(C)1997二馬力・TNDG


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