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プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客
第4回 美少女チャン・ツィイーに捧げた愛の詩
第5回 アニメーションの冒険
第6回 映画の宝物
第7回 羽仁進とジャン・ルノワール
第8回 誰が映画を殺すのか
第9回 映画の後で
第10回 映画戦線異状なし?











 
『ニノチカ』
 
 DVD時代になったとはいえ、ビデオカセットでも、もちろん、まだまだ、こんなにすばらしい映画が見られるのだという例として、最近あらためて発売されたばかりの名作中の名作、1939年のエルンスト・ルビッチ監督『ニノチカ』(ジュネス企画)を挙げておきたい。大理石やスフィンクスになぞらえられた冷たく笑わない世紀の美女、グレタ・ガルボが初めて「笑った」という惹句で知られる抱腹絶倒喜劇だ。古いモノクロ作品だが、ビデオの画質もよく、いいムードで楽しめる。

 ビリー・ワイルダーが、ハリウッドでまだ監督になる以前に書いた脚本(チャールズ・ブラケット、ヴァルター・ライシュと共同)で、ワイルダーが最も敬愛していた――「心酔」していたとワイルダーは語っている――エルンスト・ルビッチ監督のために書いた2本目の脚本であった。

『ニノチカ』
監督:エルンスト・ルビッチ
出演:グレタ・ガルボ
   メルヴィン・ダグラス
1939年アメリカ映画
1時間50分
VHS:4800円(税別)
発売元:ジュネス企画



 オーストリア出身のワイルダーは、たぶん英語がまだ完全ではなかったので、チャールズ・ブラケットと組み、ルビッチ監督の『青髯八人目の妻』(1938)の「仕事をもらった」。次いで『ニノチカ』に起用されたとワイルダーは語っている(「ワイルダーならどうする? ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話」、宮本高晴訳、キネマ旬報社――以下、ワイルダーの言葉はすべて本書からの引用)。

こちらがいいアイデアを出すと〔ルビッチは〕とても喜んでくれたから、仕事は楽しかった。キツかったけれど、楽しかった。キツかったというのは帽子の例のように何日もかかって頭をしぼる必要があったから。そんなときでも、彼はかんたんに考え出してしまうのだから。彼が解決してしまうのだからね。

 「帽子の例」とは、『ニノチカ』という映画を見ればもちろん一目瞭然のおもしろさなのだが、ワイルダーはこう語る。ボルシェヴィキの国からパリにやって来た堅物のグレタ・ガルボ扮するニノチカがたちまち「資本主義の魅力の虜になる」ギャグである。

 「帽子だ」とルビッチは言った。「帽子をストーリーのはじめにしこんでおくんだ」。ブラケットと顔を見合わせた。そう、これこそルビッチ・タッチ。帽子がちょうど3幕を構成する。ニノチカはボルシェヴィキの同志3人とリッツ・ホテルに入るとき、商店のウインドーでこの帽子を見る。この突拍子もないイカれた帽子は彼女には資本主義のシンボルと映る。顔をしかめてこう言う。「女性の頭にこんなものを平気でのせる文明は早晩滅びるわ」。2度目に帽子のそばを通るとき彼女は舌打ちをする。3回め、彼女はボルシェヴィキの同志たちを追い払ってひとりになる。引き出しをあけると、当の帽子を取り出す。そして頭にのせる。ルビッチと仕事をするとこの手のアイデアが当たり前のことになる。

 ここは見てのお楽しみのシーンだが、3人の「ボルシェヴィキの同志たち」(シグ・ルーマン、フェリックス・ブレッサート、アレクサンダー・グラナッハ)のおかしさも筆舌に尽くしがたい。といっても、この3人の中年男が最高級のホテル・リッツの最高級のスイートルームで、いまだったらバニーガール・スタイルのウェートレスを迎えるときのはしゃぎっぷりなど、画面には見せない奥床しさだ。ビリー・ワイルダーが言うように、「ルビッチは決して露骨ではない。決してあからさまではない」のである。「それはこちらに類推を許すものであり、そうやって観客を魅了して、物語のなかに引き入れる」、それこそが「ルビッチの秘訣」なのである。

 「ロードショー」に連載中のJonathan Klein+松尾玲子の「Inside Hollywood ハリウッドの表と裏」によれば、いま流行のジム・キャリーのコメディや『メリーに首ったけ』(キャメロン・ディアス主演)や『オースティン・パワーズ:デラックス』のような「バカで下品で性的ネタが多い」悪趣味の喜劇映画をずばり「バッド・テイスト・コメディ」と呼ぶらしいのだが、その流れの発端は、1970年代末に大ヒットしたジョン・ランディス監督の『ケンタッキー・フライド・ムービー』(1977)や『アニマル・ハウス』(1978))あたりからで、「この病的・変質的コメディといわれたジャンルが登場する以前のハリウッドのコメディ映画は、脚本も巧妙で創造性に富んで書かれていただけでなく、映像のジョークや、出演者が体当たりで演じるギャグも不快感なく見ることができ、それこそがおもしろいコメディ映画だとされていた」のである。

 『ニノチカ』は、なかでも、とびぬけて品のいい、「都会的」センスの洗練されたコメディで(「ソフィスティケーテッド・コメディ」と呼ばれた)、そうした洒落た笑いをきわめた元祖的存在だったエルンスト・ルビッチならではの「手際」が「ルビッチ・タッチ」と呼ばれた。ビリー・ワイルダーによれば、それは「絶妙のジョークをいかにエレガントに見せるかということ」である。

 ギャグがひとつある。じゅうぶんおもしろいギャグだ。その上にそれを凌駕する、まさかと思うようなギャグがくる。それがルビッチ・タッチだ。彼と同じような思考をする。それこそが目標とするにふさわしい。彼と仕事をすると質問責めにあう。「このストーリー・ポイントをどうするつもりだ?」「別のやり方で示す方法はないのか?」……新しい別の語り口を探す。それがルビッチの魔術だった。私にとって彼はいつまでも基本中の基本だ。

 いま流行の露骨で軽薄な「バッド・テイスト・コメディ」とは当然ながら、正反対の「基本」だ。批評は反動的ならざるを得ないものなのか。それはともかく、ビデオながら、『ニノチカ』の笑いを、ルビッチ・タッチを、いまこそ、豊かな気持ちで、たっぷり楽しみたいものである。

『ワイルダーならどうする? 
ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話』

キャメロン・クロウ著
宮本高晴訳
キネマ旬報社
4700円(税別)






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