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プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客
第4回 美少女チャン・ツィイーに捧げた愛の詩
第5回 アニメーションの冒険
第6回 映画の宝物
第7回 羽仁進とジャン・ルノワール
第8回 誰が映画を殺すのか












 ビデオ(VHS)では、ケーリー・グラントとアイリーン・ダンのカップルがすばらしいレオ・マッケリー監督の『新婚道中記』(1937)とクラーク・ゲーブルの社長、マーナ・ロイの妻、ジーン・ハーローの女秘書というぜいたくなキャストだが、女秘書がなんといってもすばらしいクラレンス・ブラウン監督の『妻と女秘書』(1936)というロマンチック・コメディーの傑作2本立て(いずれもジュネス企画)をたのしむ。 画質は率直に言ってもうひとつという感じなのだが、めったに見られないハリウッドの黄金時代の古典的な名作なのである。

 かたやクラーク・ゲーブル、かたやケーリー・グラントという、同じロマンチックなスターとはいえ、クラーク・ゲーブルは男としての自信にあふれ、乱暴で無礼(ときには鈍感)なほどセクシーだが、ケーリー・グラントは男であることを少しも主張せず、エレガントで遠慮深く(ときには逃げ腰なほど)セクシーなのだというポーリン・ケイル女史の見事な比較論が思いだされる。

 クラーク・ゲーブルはつねに単刀直入に核心に迫る。彼の誘惑はそのものずばりで動作はいつも女にこう言っている――「やあ、ねえちゃん、どうだい、俺と?」。もし彼女が「ノー」と答えたら、彼女は女として失格なのだ――文明に毒され、衝動をおそれている女、つまり、女であることをおそれている女ということになるのだ。
 ゲーブルの演技に性がからんでくると、はげしく野蛮な魅力がみなぎる。何もかもむきだしになって、彼が女を見る目つきはオスがメスを見る目つきそのものだ。
 ケーリー・グラントはそんなふうには女性にはチャレンジしない。ゲーブルの場合、セックスは避けられない。だが、ケーリー・グラントの興味は、ひとりの女の持ち味――彼女の快活な言葉遣い、論理の飛躍、声がはね上がる様子、など――に向けられる。
 女にとっては、ケーリー・グラントが相手なら、ふたりきりになったとたんに壁に押しつけられるような心配はない。
礼儀をわきまえた都会人であるケーリー・グラントが相手なら、ふたりだけの時間をたのしむ方法にはほとんど無限のバラエティがある。夜を踊り明かしてもいいし、散歩してもいい、遊園地へ行ってみてもいい――女のほうがその気にならないなら、性的なことは何も起こらなくてもいいのだ。彼はけっして男性の優位を主張したりしない。映画のクライマックスで彼が恋を勝ち取るのは拳骨や腕力をふるってではないし、誰かを出しぬいてでさえない。彼はクラーク・ゲーブルのような征服者ではなく、勝利者なのだ。 いわば、おとぎの国の王子さまなのである。(畑中佳樹訳、「夢の国――ドリーム・シティ――から来た男」)


 これは、じつは私の「監修」によるポーリン・ケイル映画評論集(草思社近刊)からの引用で、今年中には無理かもしれないけれども、来年の春ごろまでにはなんとか出版したいと思っている興味ある1冊なのである。


『新婚道中記』
監督:レオ・マッケリー
出演:ケーリー・グラント
   アイリーン・ダン
1937年アメリカ映画
1時間32分
VHS:4800円(税抜き)
ジュネス企画
『妻と女秘書』
監督:クラレンス・ブラウン
出演:クラーク・ゲーブル
   ジーン・ハーロー
1936年アメリカ映画
1時間22分
VHS: 4800円(税抜き)
ジュネス企画





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