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プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客
第4回 美少女チャン・ツィイーに捧げた愛の詩
第5回 アニメーションの冒険
第6回 映画の宝物
第7回 羽仁進とジャン・ルノワール











 新刊の映画の本の注目すべき筆頭に挙げたいのは、加藤幹郎著「映画とは何か」(みすず書房)だが、1918年から48年にかけて50本もの映画の創造にたずさわったオスカー・ミショーという知られざる黒人の映画作家の紹介と研究を中心に「アメリカ映画再考」と名づけられてもいいであろうこの労作を真に書評できる人がいるのだろうか(私もふくめて)──と余計な心配をしてしまう。著者は京都大学総合人間学部・同大学院人間環境学研究所助教授の地位にある方だから(「著書略歴」による)、映画を学ぶ教室の学生たちにとって教科書のようなものになるだろうから、そんな余計な心配などいらぬお世話かもしれないのだが!

 これも新刊で映画監督の黒沢清著「映画はおそろしい」(青土社)のなかに、こんな一節がある。

 映画とは何か。それはそもそも映像なのか物語なのか。あるいは、映画の真の作者は誰か。監督なのか、脚本家なのか、プロデューサーなのか。そんな基本的なことすらまだよくわかっていないのだから、映画に於けるジャンルというものを正確に定義しえた人は今のところひとりもいない。(P23より)

 「映画とは何か」の著者、加藤幹郎氏が実はすでに──1996年に──「映画ジャンル論」(平凡社)という1冊を書いているのである。黒沢清氏の言うように、「アカデミックな理論」かもしれないが、「ジャンルはおそらく映画誕生とほぼ同時期から既にあった」ことが、「おそらく」ではなく「たしかに」証明されているのである。


「映画とは何か」
加藤幹郎著
みすず出版
3200円(税抜き)


 上島春彦+遠山純生著「60年代アメリカ映画」(エスクァイア マガジン ジャパン)は、1960年代のアメリカ映画状況、「50年代の共産主義者弾圧を生き延びた映画人たちから、独立製作会社AIPの歴史まで」「その時代にアメリカ映画が蒙った変化を複眼的にとらえようと試みた」刺激的な1冊だ。いわば60年代を基軸にした「アメリカ映画再考」なのである。それはヒッチコックの『サイコ』(1960)にはじまる血みどろの60年代であり、クロサワの『七人の侍』(1954)を西部劇化したジョン・スタージェス監督の『荒野の七人』(1960)からはじまる西部劇変革の60年代でもある、といったぐあいに。


「60年代アメリカ映画」
上島春彦+遠山純生著
株式会社エスクァイア マガジン ジャパン
2000円(税抜き)


 「傷だらけの映画史 ウーファからハリウッドまで」(中公文庫)は蓮實重彦氏と私との映画対談なのだが、実はそのなかで私が大変な──あまりにも明らかな──思い違いをしていることを自ら告白して謝罪しなければならない。「金返せ!」とどなられてもしかたがないくらいのあからさまなミスなので、絶対にゆるせない方は、以下に、間違いの指摘とともに「金返せ!」と記して(それ以上の要求は何卒ご勘弁を!)本をご返送ください。本代と送料を合わせてお返しいたします。


「傷だらけの映画史
ウーファからハリウッドまで

蓮實重彦、山田宏一著
中公文庫
781円(税抜き)


〒160−0022 東京都新宿区新宿6-7-1 エル・プリメント新宿406
(株)ワークス 「スロウトレイン」編集部気付 山田宏一宛


 



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