イギリス時代からすでにヒッチコックは実はアメリカ映画を撮っていたのだ、とフランソワ・トリュフォーは喝破する。「映画術
ヒッチコック/トリュフォー」(晶文社)のなかで、トリュフォーは、ヒッチコックについて「アメリカ映画をつくるべくして生まれてきた監督であり、そして実際、イギリス時代からつねにアメリカ映画をめざしてつくりつづけてきたというのがわたしの確信に近い考えです」と述べている。ヒッチコックの「天性の資質と才能は、イギリスではなく、アメリカでこそ真に開花しえた」のであり、「ハリウッドで映画を撮るためにこそ生まれてきた」ヒッチコックなのだ、と。
1959年の『北北西に進路を取れ』を見れば、それが独断でも贔屓の引き倒しでもなく、自明の理であり確かな証明であることがわかるだろう。
DVDで出たばかりの『北北西に進路を取れ』(ワーナー・ホーム・ビデオ)は画質も鮮明で、カラーも文句なしに美しい――むしろ美しすぎるくらいだ!
アメリカ映画ならではの、ハリウッド映画ならではの美徳である一目瞭然の面白さが全篇に輝いているのである。息を呑む面白さだ。淀川長治さんの解説によれば――
「逃げて逃げて絶対に逃げられない男が逃げられるような映画をつくるよ」とヒッチコックは言いましたが、この作品はまさにそれ。広い広いトウモロコシ畑でケーリー・グラントが飛行機で狙われる絶体絶命のシーン。一番の見どころですね。ハラハラドキドキ、胸さわぎするようなときにヒッチコックは非常に美しい風景の場面を入れるの。美しいことと怖いことを同時に見せる。このあたりがにくいなあ。ラストのラシュモア山を逃げるサスペンス。名所見物を観客にサービスして、しかもすごい恐怖の危機感を盛りあげましたね。というわけで、この作品は心理サスペンスというより、見て面白い大衆版ですね。(岡田喜一郎編・構成「淀川長治映画ベスト1000」、河出書房新社)
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ということになる。
面白すぎることが罪なのかといわんばかりの単純明快な面白さだ。
双葉十三郎氏も手放しの絶讃である(「西洋シネマ大系 ぼくの採点表I」、トパーズプレス)。
……序盤からヒッチコック先生のハイペースに乗せられてしまう。どうやらこの作品、イギリス時代の代表作『三十九夜』(1935)が下敷きになっているように思えるのだが、いままでのヒッチ作品中もっとも派手なサスペンスとアクションの盛合せ、と結論を下してもよろしかろう。
インディアナの広大なトウモロコシ畑で小型機に襲われる場面は、なかでも自眉。〔犯人と間違えられたケーリー・グラントと列車で出会った美女エヴァ・マリー・セイントの〕御両人がサウス・ダコタのラッシュモア山、4人の大統領の顔が岸壁に彫られた断崖へと追いつめられるクライマックス、ラストの人を食った<省略>までヒッチコック技法の華麗なる展覧会。ニコニコハラハラ、楽しまされてしまう。ヒッチ先生の肖像も、この岸壁に飾りたいような気分である。
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といった次第で、これまですでに映画館で見ている人も、まだ見ていない人も、とにかく見てのおたのしみだ。
『北北西に進路を取れ
特別版』
NORTH BY NORTHWEST
1959年・アメリカ映画
監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ケーリー・グラント
エヴァ・マリー・セイント
ジェームズ・メイスン
DVD:ワーナー・ホーム・ビデオ
2500円(税抜き)/発売中 |
DVDならではの特典映像では、シナリオライターのアーネスト・レーマンが映画を見ながら(ということはほとんどもう1本分の特典映像入りなのだ!)語る構成になっている。
「ここは本物のプラザ・ホテルのロビーで撮った。セットじゃないんだ。ケーリー・グラントがここに泊まっていたので、すごく自然な動きをしている」
「ジェームズ・メイスンの優雅な悪党ぶりがここではよく出ている」
「車を崖から落とそうとするところはマット・プロセスで絵に描いた背景なんだ」
「バーナード・ハーマンのすばらしい音楽のおかげで、ここはうまくもっている」
「バー二ー(バーナード・ハーマン)がわたしをヒッチコックに紹介してくれたんだ」
「ケーリー・グラントの母親役のジェシー・ロイス・ランディスは実際はケーリー・グラントより年下だった」
「“マクガフィン”とは何か。映画全体を左右する重要なカギとなるものだが、架空のCIA工作員と同じように実体がない。ここではそれがマイクロフィルムだが、中身が何かは分からない。それが何かということは問題じゃない。それが存在することが重要なんだ。存在するだけでいいんだ。それはストーリーを展開させていくための潤滑油のようなものだ」
「ラシュモア山で撮影するのは国家的記念碑をけがすという理由で当局から禁じられたので、MGM撮影所に巨大なセットをつくったんだ」
「トウモロコシ畑はMGMの敷地につくったにわか畑だ」
「ヒッチコックはこの作品を自分の決定版にしたがっていた。たしかにヒッチコックの集大成と言っていいすばらしい映画になったと思う。しかし、あとでイギリス時代のヒッチコックの『三十九夜』を見てね、それが下敷きになっているらしいことに気がついたよ。ヘリコプターなんかも同じように出てくるしね」
「ラスト・シーンのトンネルは脚本には書かれてなかったんだ。わたしの手柄じゃない。残念だ。見事なものだよ……」
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といったぐあいに。