
アニメーションではなく普通の劇映画だが、試写会で見そこなって気にかかっていた新鋭監督による1本の日本映画の新作があり、シブヤ・シネマ・ソサエティでロードショーがはじまったので、あわてて――この原稿の締切を1日延ばしてもらって――見てきたばかりである。
小林政広脚本・監督の『KOROSHI』もまた、魅惑の雪のシーンからはじまる。
リストラされたごく平凡な中年のサラリーマンが、妻に本当のことが言えず(退職金から自分の銀行の口座に毎月の給料分を振り込んで、とりあえずごまかしている)、毎日出勤するふりをして外出し、パチンコをして時間をつぶしているが、ある日突然、謎の男に殺し屋としてスカウトされ、人殺しに生き甲斐を見出すというコメディーだ。ハッピーエンドをコメディーの鉄則とするなら、コメディーとは言い切れないかもしれないが、そのさりげなさ、スマートな軽快さは、たとえばフランスのパトリス・ルコント的コメディーに近いものを感じさせる。小林監督の前作『海賊版=BOOTLEG
FILM』(1998)もパトリス・ルコント監督の『タンデム』(1987)のタッチを想起させるものだった。
リストラされたしがない中年男には石橋凌、その妻には大塚寧々、謎の男には緒形拳という魅力的な顔ぶれである。
すばらしいのは、広漠たる冬の荒野に風力発電の風車が林立する風景である。原色の抽象画のような暗いメルヘン的世界で、北国の――北海道の――どこかでありながら、どこでもない、日常的な現実感のない世界のイメージだ。いわばぜい肉をそぎ落としたような簡潔な抽象性が、ときとしてクレーの幻想的な空やユトリロのパリのモンマルトルの街角と見まごうばかりの絵画的空間を現出させる。
快く節度のある抽象性が殺人のシーンも血を見せることがない。それでなくても、雪の白さがこの殺人ゲームを安易なブラック・ユーモアに堕する危険から救い、すべてを浄化してしまうかのようである。ロケーションの勝利とも言えよう。
風車の回転の影像が妄執のように、しかしさりげなくつきまとう──セックス・シーンにも、 セックスのあとのワルツの回転ショットにも。
ちょっとうれしい小さな傑作なのである。
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