しかし、ポール・グリモーはヌーヴェル・ヴァーグの世代よりはずっと年長で(1905年生まれである)、『ぼくの伯父さん』(1958)のジャック・タチと同じようにどの流派にも傾向にも属さない独自の道を歩んできたが(スラップスティック・コメディーもアニメーションもフランスからはじまった
にもかかわらず、どちらもフランス映画史にはジャンルとして定着せず、伝統が途絶え、ジャック・タチもポール・グリモーも孤高の道をたどらざるを得なかったのである)、私は当時まだパリに来たばかりで右も左もわからないくらいだったこともあって「ポール・グリモー映画社」が右岸にあったかどうかは記憶にないものの(たぶん『不思議なクミコ』の編集と録音をやっていたスタジオの近くにあって、それでクリス・マルケルが連れて行ってくれたような気がするから、右岸にあったのだと思う)、ポール・グリモーは「右岸派」の映画人とは親交があり、『ポール・グリモー短編傑作集〜ターニングテーブル〜』にもジャック・ドゥミが協力している。ポール・グリモー自身の出演シーンをジャック・ドゥミが撮っているのである。
ジャック・ドゥミは『ローラ』(1960)、『シェルブールの雨傘』(1964)、『ロシュフォールの恋人たち』(1966)などの監督だが、その長編第1作『ローラ』に主演した女優のアヌーク・エーメは、ポール・グリモーの『やぶにらみの暴君』のヒロイン、羊飼いの娘の声の出演者でもあった。
羊飼いの娘の恋人になるエントツ掃除の青年の声はセルジュ・レジアニで、アヌーク・エーメとはアンドレ・カイヤット監督の『火の接吻』(1948)でロミオとジュリエットの役──正確には代役──で共演していた。因みに、『火の接吻』も、いま、VHSで見ることができる(アイ・ヴィー・シーよりビデオ発売)。
『火の接吻』のシナリオライターがジャック・プレヴェールで、その紹介によって、セルジュ・レジアニとアヌーク・エーメが『やぶにらみの暴君』の恋人たちの声を演じることになったことは間違いない。幕あきに口上を述べる鳥の声を演じたピエール・ブラッスールも、ジャック・プレヴェールが脚本を書いたマルセル・カルネ監督の『天井桟敷の人々』(1945)に出演した名優であった。

『ポール・グリモー短篇傑作集〜ターニングテーブル〜』より |
そんなわけで、アヌーク・エーメが『ポール・グリモー短編傑作集〜ターニングテーブル〜』の実写シーンにゲストとして、ポール・グリモーのアニメーションのキャラクターたちとともに特別出演するというぜいたくな趣向だ。1988年に撮られているはずなのに、まだとても若々しく美しいアヌーク・エーメである――クロード・ルルーシュ監督の『男と女』(1966)のころからまったく年をとっていないかのようだ。
ポール・グリモーがはじめて撮ったアニメーションはジャン・オーランシュ(のちにフランス文芸映画の流れをつくる名脚本家になる)と共作のコマーシャル・フィルム『ターニングテーブル』(別題『こっくりさんの会』、1931)で、このタイトルのもとにその「映画の水彩画詩人」としてのキャリアを彩る数々の短編アニメーション、『こっくりさんの会』から『音符売り』(1941)、『大熊座号の乗客』(1942)、『かかし』(1943)、『避雷針泥棒』(1944)、『魔法のフルート』(1946)、『小さな兵士』(1947)、『ダイアモンド』(1970)、『音楽狂の犬』(1973)などに至る、ときには微笑みのような、ときにはシュールな、ときにはおどけた、ときには皮肉な、ときにはどす黒い、ときにはエロチックな(『かかし』の猥褻なネコの女装!)、そしてつねに詩的で洒脱な笑いにあふれた珠玉の名作、傑作が集められた、まさにポール・グリモー短編傑作集なのである。
「どの作品もアイディアは奇想天外、しかも小さきものへの共感と戦争や権力や搾取に対する怒りが込められている」とアニメーション映画監督、高畑勲氏が解説に書いている。「なかでも、おもちゃ屋のショウケースを舞台に、恋するバレリーナとひきさかれ、戦争に動員される青年軽業師の愛の物語『小さな兵士』は大戦直後に制作され、全フランス人を感涙にむせばせた。幻想的な夜のパリの屋根の上でくりひろげられる、おかしくも詩的な追跡劇『避雷針泥棒』とともに必見の名作」だ、と。