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プロローグ:もうひとつの『もののけ姫』
第1回 ゴダールの『映画史』
第2回 アンナ・カリーナとともに
第3回 映画と観客












 チャン・ツィイーというあどけなさがまだ残っている19歳の美少女を発見したのは、かつて『紅いコーリャン』(1987)でコン・リーをスターにしたチャン・イーモウ(張芸謀)監督で、讃辞とも皮肉ともとれる「第2のコン・リー」という呼称はともかく、彼女のデビュー作『初恋のきた道』を早く見たくて、これも12月の劇場公開までとても待てずに、またも、もう走れない足をひきずりながら試写 会にかけつけた。そして、そのすばらしさに心から素直に感動した。
 これほど幸福感にみたされて快く涙を流すことができる映画はめったにないだろう。

 羊の群れが走り、馬や牛が草を食む山間の草原で、髪を三つ編みにしたおちょぼ口の愛らしい少女の顔をとらえたキャメラは、まるで初めてクローズアップを発見したかのように、みずみずしく、ういういしく、少女の顔を追いつづける。奥ぶたえの、素朴な、きりりとした少女の美しさに魅せられたキャメラは、もう一瞬も目を放せないかのように、その表情を刻一刻と見逃さずにクローズアップでとらえつづけるのだ。心のときめきのようにゆらぎ、ふるえるキャメラとともに、私たちの心もときめかずにはいられない。そして、私たちは少女の歓びと悲しみに、希望と絶望に、付き合う。少女とともに笑い、少女とともに泣く。少女とともに走り、少女とともに転ぶ。

 ありふれた初恋の物語のようでありながら、一見何の奇もてらわない、おだやかな、しっかりとした演出による単純でひとすじな展開が(主題の一貫性と切実さと明確さはこの映画の最大の美徳だ)、中国大陸の北部の風景を背景に、ここのほかにどこにもありえないユニークな物語の印象をもたらし、しっとりとした情緒にみちてすばらしい。

 ロシア映画の(これも美しい作品だった)、『最初の教師』(アンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキー監督、1965)のように、小さな村に初めての小学校教師(チャン・ハオ)が赴任してくる。しかし、『初恋のきた道』の主人公は教師ではなく、教師に恋をする少女(チャン・ツィイー)のほうで、といっても彼女は生徒ではない。もう年頃の女の子で、「村一番の器量 よし」である。彼女はすでに恋の準備ができていて、まるで恋に恋するように、ひと目で教師に恋をしてしまう。男のほうは教師というだけでよい。それだけの存在感しかない――感じはいいが稀薄な――役であり、その分だけ少女の存在が圧倒的なのである。映画そのものがチャン・ツィイーという美少女に捧げられた愛の詩(うた)なのだ。『最初の教師』は白黒作品だったが、『初恋のきた道』はさわやかなカラー作品である――いや、じつはモノクロの映像ではじまり、モノクロの映像で終わるのだが、それはまた別 の物語で、若く美しいチャン・ツィイーが真紅の襟巻きをしてピンクの(ときには真紅の)棉衣を着て恋をする物語は全篇さわやかなカラーで描かれる。

 少女の恋はむくわれるのだろうか――時代は1958年だが、この鄙びた小さな村では「初めての自由恋愛」である。
 少女の秘密を最初に知った村長とともに(そして村長が知ったということは「村じゅうの人たちが知ったことになる」のだが)、私たちもまた少女の恋が成就することを心から願わずにはいられなくなる。




 チャン・ツィイーの美しさは単にういういしく清純な魅力というばかりでなく、女としてのつつましい情熱がいくらおさえようとしても外へあふれ、人生への清潔な希望がつねに身のまわりにたちこめているという雰囲気を持った美しさなのだ。

 くる日も、くる日も大好きな教師を待ち伏せしていた一本道で、ついに目を合わせて初めて会釈をし、うれしさに舞い上がる想いをこらえながら、はにかんでチョコチョコと小走りに去っていくチャン・ツィイーの愛くるしいうしろ姿を、私たちは微笑みとともに見送らずにはいられない。それどころか、私たちは彼女への祝福の気持ちをおさえきれずに彼女と一体化してしまう。教師をのせて去っていく馬車を追って、愛する人のためにつくった餃子を入れた陶器の椀を抱え、草原を横切り、林をぬ け、丘を越えて必死に走る彼女のために、私たちもまた、ともに走らずにはいられない。丘の中腹で転倒し、馬車には追いつけず、椀を落として割ってしまい、せっかくつくった餃子がこぼれ落ちるのを見て声もなくうずくまる彼女のために、私たちもまた、ともにがっくりと肩を落として涙を流さずにはいられない。

 ヒロインの美しさに魅せられて思わずキャメラを近づけたときにクローズアップという技法を創造したという美しい映画的伝説の持ち主、D・W・グリフィス監督の『幸福の谷』(1918)や『スージーの真心』(1919)のヒロイン、リリアン・ギッシュの再来を想わせるような、『初恋のきた道』のチャン・ツィイーである。

 もろさ、あやうさとは違ったはかなさの魅力とはうらはらに、かぼそい体躯のどこかにただものではないという根性のようなものがうかがわれ、どんなことにも耐えてゆけるだけのタフな力をみなぎらせているあたりは、ハリウッドにデビューした当初のイングリッド・バーグマンに似ているかもしれない。『グリーン・デスティニー』のアン・リー監督は、チャン・ツィイーを「演技を超えた映画的魅惑そのもの」と絶讃しているが、スターならではの素質として何もしなくても人をひきつける無条件の魅力以上に、新鮮な演技が――正しく身についたフレッシュな訓練が――自然な個性の流露のなかにうまく埋没して、過剰な露出を抑制しているかのようである。

 センチメンタルなロマンスの清純なヒロインからダイナミックな冒険活劇のファム・ファタール的な女剣士へと、じつにはなばなしく見事なスタートを切った新進女優である。小さく固まらずに、これからどこまでのびるかわからないくらいの豊かな柔軟性(バレエで鍛えたというその肉体的柔軟性は言うにおよばず)と同時に知性のひらめきも兼ね備えた真のスター誕生を予感させる。『初恋のきた道』『グリーン・デスティニー』に次ぐ3本目の出演作品がツイ・ハーク(徐克)監督の『蜀山奇傳 天空の剣』(1984)のリメークとのことで、あまり下品に使われなければいいのだが・・・・・・などといった余計な心配はやめて、また映画館に見にいくことをたのしみにしている次第だ。



初恋の来た道
THE ROAD HOME
我的父親母親
2000年アメリカ=中国映画
監督:チャン・イーモウ
出演:チャン・ツィイー
   スン・ホンレイ
公開:12月上旬
配給:ソニー

 








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