時ならぬ、などと言っては失礼かもしれないが、それにしても快いおどろきではある。思いがけないアンナ・カリーナ旋風だ。
ヌーヴェル・ヴァーグの旗手であったジャン=リュック・ゴダールの映画の「永遠のヒロイン」、アンナ・カリーナが、歌手として来日。<東京の夏>音楽祭2000で、新世代の――1968年生まれである――フレンチ・ポップスの旗手フィリップ・カトリーヌとの共演によるコンサートをおこなうということが話題になるや、チケットはたちまち売り切れて、追加公演決定の新聞広告まで出た。

役名:アンジェラ・レカミエ
『女は女である』より |
フィリップ・カトリーヌのプロデュースによるCDアルバム「アンナ・カリーナ/恋物語」(ANNA KARINA une histoire
d'amour)も発売された。カヒミ・カリィとのコラボレーションなどで知られるフランスの男性シンガー・ソング・ライターが、どんな音楽よりも強い影響をうけたというゴダールの映画、なかでも『女は女である』(1961)と『気狂いピエロ』(1965)のヒロインに捧げた「キュートなサウンド」といううたい文句どおりに、アンナ・カリーナのために書き下ろし(彼女に付き添うようにデュエットで歌う曲もある)、アンナ・カリーナのために構成したレパートリーである。
アンナ・カリーナは、彼女自身も言うように、「歌手であったことはないが、いつも歌っていた」。スクリーンでは『女は女である』で歌ったのが最初で、パリの場末のキャバレーのフロアのストリップ・ショーで、白いセーラー服を着て出てきて、
どうしてかしら
みんな あたしに夢中になるの
でも わけは簡単
こういうことよ
きれいな胸と
紫色に輝く瞳
水兵さんの上着と
おどけたパンティ(とスカートをめくってお尻を見せる)
いい娘じゃないの
つれない女なのよ
でも男は誰も怒らない
だって あたしは
とてもきれいだから
とキュートに歌って踊る。こわれかけのホンキー・トンク・ピアノのような音色のメロディーはミシェル・ルグランの作曲で、作詞はジャン=リュック・ゴダールからの「贈り物」だった。

役名:マリアンヌ・ルノワール
『気狂いピエロ』より
©ROME-PARIS FILMS+DINO DE
LAURENTIS CINEMATOGRAFICA 1965 |
『気狂いピエロ』では2曲歌った。CDアルバム「アンナ・カリーナ/恋物語」にも収録されている「一生愛するとは誓わなかったわ」と「わたしの運命線」――ともにフランソワ・トリュフォー監督の『突然炎のごとく』(1961)でジャンヌ・モローが歌うシャンソン「つむじ風」をつくったバシアク(セルジュ・レズヴァニ)の作詞作曲である。「歌うのが大好きな」アンナ・カリーナのためにゴダールが考えついたナンバーで、これもジャン=リュック・ゴダールからの「贈り物」とアンナ・カリーナは感謝していた。
デンマーク生まれのアンナ・カリーナは、パリに出てくる前、コペンハーゲンのナイトクラブで――未成年だったので「年齢をごまかして」――歌っていた。17歳のときに家出をして片道切符でパリに向かったのは、映画のためではなく、「エディット・ピアフやシャルル・トレネのシャンソンが大好きだった」からだった。
1965年のテレビ・ミュージカル『アンナ』(ピエール・コラルニク監督)で、ミュージカル女優、アンナ・カリーナが誕生したかにみえたが、彼女のためにセルジュ・ゲンスブールが書いた数々のナンバーを彼女はやはり「贈り物」としてうけとっていたようだ。
「セルジュ・ゲンスブールの曲がいっぱい、とてもたのしいミュージカル・コメディーでした。わたしが歌った曲はどれもすてきで、「太陽の真下で」や「ピストル・ジョー」など大ヒットした歌もあります」。
それから35年後、歌手アンナ・カリーナが、「ヌーヴェル・シャンソン/ヌーヴェル・ヴァーグ」のキャッチフレーズとともに本格的にデビューしたのである――ゴダールとゲンスブールからの「贈り物」にさらにフィリップ・カトリーヌからの新しい「贈り物」をたずさえて。

役名:ナターシャ・フォン・ブラウン
『アルファヴィル』より |
CDアルバム「アンナ・カリーナ/恋物語」には――これは日本盤のみのボーナス・トラックとのこと――テレビ映画『アンナ』からセルジュ・ゲンスブールの手になる「太陽の下で」と「ピストル・ジョー」も追加収録といううれしい「贈り物」以上に、フィリップ・カトリーヌが映画ファンならではの目くばせで、『女は女である』に捧げた「瞳は涙のため」や、『気狂いピエロ』に捧げた「どうすればいいの?」を書き下ろしているのがすばらしい。マリアンヌ・ルノワール(『気狂いピエロ』)、ヴェロニカ・ドライヤー(『小さな兵隊』)、アンジェラ・レカミエ(『女は女である』)、ナターシャ・フォン・ブラウン(『アルファヴィル』)、ナナ・クライン(『女と男のいる舗道』)……といったアンナ・カリーナの役名だけの歌詞による「風車の下で」(これはピアノとギターのフィリップ・エヴノ作)などもある。

役名:ナナ・クライン
『女と男のいる舗道』より |
ここまで書いたところで、話は前回のゴダールの『映画史』に逆向するようだが、むしろ閑話休題の意味もこめて、読者(ユーザー)――というよりもこれから映画をつくろうとしている若いファン――からの1通
の便りを紹介させていただきたいと思う。