―本編がはじまって、あ、監督は見る側の共感を拒もうというしてるなって感じたんですけど、どうですか。例えば、冒頭いきなりバイオレンス・シーンがあっても、なんの説明もないままどんどんストーリーが進み、登場人物たちは一様に表情がなく、彼らの内面を掘り下げるような描写もない。映像も無味乾燥な感じで…正直とっつきにくいなと。
確かに、まずは登場人物たちとの距離を置く、置いて欲しい、という意図はありました。特に前半部かなぁ。ボク自身も登場人物たちを眺める傍観者である、という立ち位置を明確にしたかったですし。ただ、それだけじゃなくて、個人的には日本映画自体の枠を飛び出したいな、という気持ちもあったんですよ。ヨーロッパ映画の“素”の空間をマスターしたい、なにもやらない、なにも喋らない空間で、なぜこんなに間が持つんだろうってずっと思ってたんですね。それをこの映画でやってみたかったし、そこで見ている人にいろいろと考える時間を持たせたかった。でも、じつは日本映画ももともとは持っていた間なんですよ。今やるとチャレンジになっちゃうわけで。
―そういう試みを現代の東京で、それも自殺志願の男女の物語でやると、違った側面も帯びてきますね。感情を面に出さない彼らは、心の奥底になにかわからない闇のようなものを抱えてるように感じました。ザラついた映像は、登場人物たちのささくれだった心を表わしているようですし。
もちろん、そういう意図もありますよ。今の東京であったり日本には心のバランスが保てない人たちが多いので、この映画はそういう人たちの物語ですよね。ネットで集団自殺を呼びかけるという現象がありますが、それに近い感覚がこの作品の中にもあると思います。ただ、それでも自殺ではなくやっぱり“心中”。心中って特殊な恋愛の形だと思うんですよ、ロマンの要素があるというか。そこはこだわっていきたいなと製作課程でずっと心がけていました。
―死ぬということに鈍感だからなのか、時折主人公2人の行為が滑稽に見えたりすることがありましたが、その辺りについては
その滑稽さは狙ったところではあります。死に鈍感だと、いざってときに緊張感がなくなっちゃうような気がするんです。主演の2人、小山田さん眞島さんともに役柄の設定とほぼ同じの30歳前後なんですけど、彼らはその辺りを鋭く感じ取って演じてくれてました。もうちょっと上の年代だと、借金やらなんやら現実的な苦しさがあって、そうすると死ぬということの意味合いが変ってきますから。小山田さんとは撮影前からメールでやりとりさせてもらって、そこではセリフのこととかではなく、価値観の話になっていくんですよ。心中とは? 必然性のない死とは? それと自分のなかに膿が溜まるというのはどういう感覚なのか? そんな話し合いを経て自分の中でのイメージがいい塩梅で固まっていく、と。
―物語は、心中を試みる2人を中心にしながらもそれぞれの伴侶も絡んできます。本編では、時節や視点をずらしながらその4人ごとの物語を章だてて構成しているわけですが、主の2人に比べて残りの2人の物語は必要最小限な要素だけに省いてしまってシンプルに展開していきますね。監督は編集作業も担当されていますが、その辺りの割り切りというか難しさについて
編集するときと監督やっているときでは思考回路が切り替わるので、あくまで見たいものだけを見るという感じになります。なのでもうバスバスと
―本当にバスバスって感じでしたね。もどかしさすら感じた前半2人とは明らかにテンポが違ってて、その対比がおかしかったですけど
ボクはテレビの経験があるので、尺に合わせて切っちゃうことができるんですよ。いるものいらないものを即チョイスできる。ここは情熱的に撮ったから長めに入れたいって気持ちもわかるんですけど、ダラダラといかない。それでもボクとしては粘った方なので、必然的に尺は長くなりましたけど。
―編集を他の人に委ねるということは将来的にはあるんでしょうか。それとも編集作業だけは手放したくない?
今後はいろんなものを委ねていくという方法論を備えようとは思ってるんですよ。やはり一人で行くには限界があるので。でも編集はどうかな、自分のテリトリーなんで。信用できる人が出てこないと、というのが条件なんでしょうね。
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Profile
亀井亨 Toru Kamei
1969年生まれ。TBS系列福岡RKB毎日放送で情報番組のディレクターを3年勤めたのち、上京。助監督作品は『GUN CRAZY』(室賀厚監督作)『空の穴』『アンテナ』(ともに熊切和嘉監督作)など。『QUESTION』『マグマのごとく』などを経て、今作が劇場公開作として初監督作品となる |
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