

「フリーターから、ようやく監督になった気がします(笑)」
―活動の拠点を東京に移されたそうですね。そのことで映画作りに変化はありましたか
「準備は大阪、打ち合わせは東京という時期もありましたけど、撮影の時は完全に東京でしたね。東京のアパートに住んですぐ撮影開始ってかんじでしたから。でも実は『くりいむレモン』はフタをあけてみたら、なじみのメンバーばっかりだったんですよ。役者もそうだし、脚本から撮影、照明、音楽も昔から知っている人で、編集も身近な人で。結構今まで組んできたメンバーが多かったので、結果的にはすごくやりやすかったですね」
―東京の生活はいかがですか
「生活というより…なんか(意識が)変わりましたね。フリーターから、ようやく監督になった気がします(笑)。今はもう映画の仕事1本なんですけど、大阪の時には逃げ道があったから。前は職業を聞かれたりすると、“いやあフリーターっすよ”とか“映画撮ってま〜す”とかごまかしている部分があったんだけど、最近はもう“監督です”って(笑)」
―それは、ご自身のなかでも映画1本でやっていくという覚悟が出来たということでしょうか
「覚悟というか、あまり考えるひまがないんです。大阪の時の方が卑屈だったかもな(笑)。“チクショウ、バイトやめないとな”とかね。こっちに来てからは休むひまというか、“間”がないんですよ。大阪にいる時は、映画を作ったらその後1年間何もないっていう時期もあったんですけど、最近はほんとに忙しくて…」
Q:東京に来てそのペースは合っているんでしょうか、それとも戸惑うばかりなのか、そのあたりはいかがでしょう
「東京ってなんかベタな言い方ですけど、全部の流れが早いような気がします。大阪にいる時がのんびりしすぎていたんでしょうけど…」
―すぐに新作『リンダ
リンダ リンダ』の撮影だそうですが、20代後半になられて、作品を手掛けるペースが上がってきましたね。そういう自分を自己分析すると?
「あんまり考えないですね。考えて出すと大体しょぼいんで、俺(笑)。でも、撮れるうちに撮っておこうとは思ったり。あとは、昔よりはしゃべれるようになったというか、しゃべっちゃうようになった気がします。こういう必然の場が出て来たせいもありますけど、最近は言って満足することが多くなっちゃって。そういうのヤバイんですけどね…」
―最後に私個人の興味本意の質問です。ハリウッド映画のように巨額の製作費を使えるとしたら、どんな映画を作りますか?
「山本さんが世界を救う話とか」
―やっぱり山本さんなんですか? デ・ニーロとかでもいいんですよ(笑)
「山本さんが世界を破壊する話とかね。あ、お金なくても出来るのかな(笑)。お金があるんだったら…山本さんのクローン一億人とか、山本さんに殺される人間たちの話とか、やりたいですね」
―お金があっても、ダメ男の話になりそうですね(笑)
「そうですね(笑)」 |