

「笑いの要素をあまり盛り込めないところが一番不安でした」
―今回、脚本をあまり書き込まないまま現場にもっていかれたので苦労されたそうですね
「というか、スキだらけの脚本だったんです。だから撮影中にというよりは、編集の時にすごく迷っちゃったんですよね。例えば、“このシーンとこのシーンは順番を入れ替えられるな”とか。毎回僕はシナリオ通りに撮っちゃう方なので、絵コンテを割っていくんですけど、今回はスキが多くなったので絵コンテもあまり割らなかったし、そういった意味では今までとはちょっと違うやり方を求められて撮った映画でしたね」
―脚本にスキがあった分、いろんな意味でのアドリブを求めることができたんじゃないですか
「いつもはシナリオをきっちりつめて、その通りに撮っていくので基本的にアドリブはあまりないんですけど、今回はありましたよ。あせりましたね〜。クランク・イン直前になっても、脚本について向井康介に相談した時に“これは一体どういう話なんだろう?亜美は何を考えているのかな?”とか言ってたぐらいですから(笑)」
―それで結局、亜美の心情を描けたと思いますか? というか撮っている時はどうだったんでしょうか
「結局完成してからですかね、“亜美ちゃんもつらいよね”っていう気分になったのは。シナリオを書いている時は特にそうなんですけど、ヒロシの気持ちはすごくわかるんですよ。2人がどんどんダメになっていくのがわかって空まわりしちゃうっていう。亜美ちゃんの方はシナリオではよくわからないままになっていたんですけど、村石さんが演じていくうちに、そのわかんない部分がリアリティをもってきたというか。そういう部分は村石さんが雰囲気とか存在感だけで引っ張ってくれていたような気がします。だから、手探り状態の撮影っていうのもありなんだなあって、感じながら取り組んでいました」
―『くりいむレモン』ですが、山下監督のこれまでの作品の中でここまで真面目に恋愛に取り組んだ映画もなかったように思います。恋愛映画として、何かかしこまったところなどはありましたか
「そうですね。まぁ簡単に言っちゃうと今回は、今まで自分の中でメインだった笑いの要素があまり盛り込めないというところが一番不安だったんです。不安というか手ごたえがわかんなくて。いつもだったら、編集している時に、スタッフの一人が笑えば“ここは大丈夫だ”とか手ごたえがあるんですけど。そんな不安を抱えたまま手探り状態で撮っていって、完成していろんな人の意見を聞いていくなかで見えてきたのは、“俺はやっぱり笑いが好きなんだな”っていうことですね。う〜ん…この映画は僕の中では特殊というか…」
―今までの作品では表現されなかった、山下監督のロマンチックな部分が出て来たように思いますが
「ロマンチストなのは実は向井康介(脚本)の方で、今回は向井のシナリオで映画を撮ったっていう感覚が強いんですよ。僕も共同脚本で書いてはいるんですけど、特にラストのあたりは彼が書いたものでほとんど手直しもしていなくて、100パーセント僕の感覚ではないんですよね。そう考えると、今までの映画も笑いのパートが自分だったのかなあとも思います。だから後々、わかってくる部分はあると思うんですけど、今はまだこの作品が自分の中でどういう位置に来ているのかはよくわからないですね。あとはね、照れ隠しがしきれていなかったというかですね…いつもだったら笑いを入れてにごすところはあるんですけど、今回はそういう話じゃなかったし。“(自分の)まんまだよな”と思いながら撮ってましたから」
―とはいえ、“まんまだな”って思いながら撮っていらっしゃったんですから、やはり山下監督のロマンチックな一面が出ていたんじゃないですか
「いや〜そうですね。あのね、脚本を書く時に向井と二人ではずかしいネタをいっぱい出すんですよ。“こうしちゃったらいいんじゃない?”とか“こうしちゃったりして〜”とか、そんなんで一日つぶれて一行も書いていないとか(笑)。これまではあまりそういう話をやることがなかったので、まずそのネタ出しに時間がかかりましたね。例えば、亜美が勉強しにおにいちゃんの部屋に入ってくるところ。あれは自分としては、“ありえないだろ!?”っていう、めちゃめちゃはずかしいシーンなんですよ。“いや、別に妹がおにいちゃんの部屋に勉強しにきてもおかしくないよね”って言われたらそれまでなんですけど(笑)。そもそも僕の作り方って基本的に、最初からいきなりアイデアがぽんと出てくるわけじゃなくて、いろいろ出てきてからの消去法なんです。ただ、今回は消去しすぎて残ったものが異常にシンプルになってしまって。そこで“これだけストレートで大丈夫かなあ”とか。まぁ、試行錯誤で取り組んだ作品というわけです」 |