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「こんな世の中にするために、あんな思いをしたんじゃない」 このセリフって、実はすごくリアルなのかもと思いました。
―プロデューサー的視点からいえば、老人ものって、まず商業的にどうなのかな、という不安もあったと思いますが。
「5年前に、こういう企画をいわゆるプロデューサー的な人に話すと、「え、そんなおじいちゃんの映画、誰が観るの?」という反応が多かった。でも、僕は観る人は絶対いるんだっていう気持ちがあった。その後、『午後の遺言状』が大ヒットしたら、途端にシルバー層はいける、というリアリティが出てくるわけじゃないですか。ただ、今度はその後にイーストウッドの『スペース・カウボーイ』の話を聞いて、次は老人の飛行士だってことで、「やめてくれー!」と勝手にショックを受けてました(笑)。まあ、観る前にこっちが完成して、結果的には影響を受けなくて済んだんですけど。
それと、今のこの世の中って、どうしても老人だとか子供だとか、『おかえり』でいったら障害を抱えている人もそうだけど、ある種マイナーな存在のようにされて、中心から外れたカテゴリーに分類されている。でもやっぱりそんなことはなくて、年配の方に話を聞いてると、今の世の中への不満というのをすごく抱えている方が多いんです。映画の中で、「こんな世の中にするために、あんな思いをしたんじゃないんだ」という、かつての兵士のセリフが出てきます。これはちょっとクサいかなと思ったんですけど、実際に、戦友会で生き残った人が、言葉は違うけど、まったく同じ意味のことを言ったんですよ。これはひょっとして、いわゆる戦中派の心情としては、実にリアリティがあるのかなと思い直しました。もちろん、全員がそうとは限らないですが。ただ、決していわゆるシルバー層だけに観て欲しいってだけじゃないんです。戦後の日本に関わっているという意味では、今の日本で生きている人全員に、何か共有できるのもがあるということだし、それは10代でも70代でも一緒だと思うんですよね。だから、むしろ、僕よりも下の世代の人に観てもらいたいですね」
―登場人物にしても、おじいさんの世代だけじゃなくて、若い男女が重要な役回りで出てきますよね。
「僕のなかでは実は全員メインであったりするんですが、70代の人達をメインにしているけれども、もうちょっと僕等に近い存在を出さなきゃいけないなと考えました。例えば、世の中に出て仕事をし始めているんだけども、自分のやっている仕事に自信がなくなってしまったり、自分が生きている意味が日々の生活に追われてしまって見えなくて、あるときフッと見えたらすごく疑問に感じてしまう。分かりやすい熱い時代を経験してなくて、正体のはっきりしない不満を抱えている。そういう世代の人物を出さないと、自分の気持ちも出ないなと感じて、必然的にいれましたね」
―僕や篠崎さんの世代までは、祖父や祖母から直接に戦争体験を聞いているんですよね。誤解を招くかもしれないですけど、ある意味、そういう体験を持っている彼らに、憧れみたいなものを感じることがあります。
「年配の方と接して思うのは、皆さん、自分の中の価値観がしっかりしているんですよね。善悪もそうですし、いろんなことのけじめとか。僕は憧れもありつつ、やっぱりある種の違和感も感じるんです。なんかそこは、揺れ続けなければいけないんだと思っているんですけど」
―舞台が横須賀ですよね。そして、三橋達也さん演じる主人公と仲良くなるのが、ハーフの少年。やはり日本とアメリカ、太平洋戦争を意識したんでしょうか。
「ロケハンで僕等が行ったときに、ちょうど軍艦が停泊していたんですよね。で、その前の大きなスーパーにハーフの子供がたくさんいたんです。それで考えてみたら、ここで暮らしている70代後半の人たちは、かつて自分が戦争に行って、負けて帰って来て、横目でこういう風景を眺めながら育ってきたんだなあって。多分、いろいろな複雑な思いが交錯するのではないかと。ただ、一方で横須賀って、開けていて、海があって、非常に映画的で魅力的な街でしょう。ネイビーの基地や軍艦をもろに見せちゃうと、意味が強く出すぎちゃうから、それはあえてしないようにしました」
―三橋さんが戦友の形見として、少年に渡すハモニカも象徴的でした。
「敵対していた相手の血をひいている子供に、希望の象徴のようなハモニカを託す。それがどこまでうまくできたか。あんまり、あざとく見えないといいなあと思ったんですけど。僕は後で気が付いたんですが、あのハモニカで吹くアメリカの民謡って、『センチメンタル・アドベンチャー』のなかで使われているんですよね。あれは、音楽を担当してくれたリトル・クリーチャーズの青柳さんが見つけてきた」
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