2001.11.22 UPDATE





取材・撮影/岡野琴美
text by kotomi okano


 '70年代学生運動の内ゲバを描いた『鬼畜大宴会』で、衝撃的なデビューを飾った熊切和嘉監督。彼が4年ぶりにメガホンをとった『空の穴』は、北海道を舞台にした中年男性の純愛物語で、前作から一転した内容は観客の予想を大きく裏切るものとなった。インタビューでは、本作に込めた想いを語ってくれた。

熊切和嘉
Kazuyoshi Kumakiri
1974年北海道帯広生まれ。高校時代から自主映画製作に取り組み、北海道を離れ大阪芸術大学映画学科へ入学。その後、卒業制作作品となった『鬼畜大宴会』('98)が、“第20回ぴあフィルムフェスティバル”で準グランプリを受賞。同作は、上映館のユーロスペースでロングランを記録し、世界各国の映画祭でも上映され話題をあつめた。その後、PFFスカラシップの権利を得て『空の穴』(2001)を製作することに。




『鬼畜大宴会』であった“照れ”を
あえて出してみたくなったんです


−前作の『鬼畜大宴会』とは180度ちがうイメージの、作品になりましたね

「以前から恋愛ものを撮ってみたかったし、『鬼畜大宴会』では照れて演出しきれないままで終わらせてしまった恋愛の部分を、突っ込みたかったんです。『鬼畜大宴会』に登場する3組のカップルで、好きだけれど憎たらしいっていう部分を僕は突っ込みたかった。けれど結果的には、暴力や残酷な部分が突出した極端な作品になってしまい…。感情的に訴える、感情的に痛くなる映画を作りたくてはじめたはずが、撮り終わってみると、肉体的な…、皮膚感覚的な痛みの映画になっていた。あのときはなんだかかっとしていて、若気のいたり、勢いでやってしまって(笑)。そのおかげで、今回は落ち着いて撮れたように思います」

−監督の内面的に起こった変化が、あったんですか

「自分の嫌な思い出や目を反らしたいと思うものを、何とかして見つめようとする行為が、僕にとっての映画なんだと思っています。作品を撮ってそういったものを凝視することで、嫌な思い出との付き合い方を覚えていったり、傷をいじくり倒してそれを受け入れられるようになったりできるんです。『鬼畜大宴会』も同じこと。あれをやって、すっきりできた部分がありました」

−『鬼畜大宴会』のときにあった照れを、今回敢えて出したのはなぜですか

「前作で突きつめられなかった部分を、あえて突っ込んでやりたくなったんです。『鬼畜大宴会』のようにすごくデフォルメされた世界ではなく、今度は『空の穴』のようなシンプルな世界で、無防備な…ちょっと恥ずかしい世界をつくりたくなったからです」

−35歳の男を描きたいという気持ちでつくられたと聞きましたが、それはなぜですか


「登場人物を同年代にしてしまうと、自分が持っている“美学”のようなものを盛り込んでしまうんです。例えば無軌道な若者の話とか、ちょっとかっこいいものを。僕が撮りたいのはそういう作品ではないので、自分よりも年上の設定にしました」

−年齢を離すことで自分が出せるというのは、監督の“照れ”があるからなんでしょうか

「まさにそうだと思います(笑)。あと昔から、大人の男の人がヒマそうにボーッとしている横顔とか、大人な人の情けない部分を見ちゃったときの何とも言えない感覚っていうのが、自分のなかに強く残っていて…。かっこいい訳じゃないのにその情けない部分を見ちゃうと、何ともいたたまれない気持ちになるんですよね。いたたまれない気持ちになるからこそ見てみたいという…、殆ど性癖のような部分がずっとあって。言葉に表せないその感じを、映像にしたいという気持ちもあったと思います」

−タイトルにもなっている『空の穴』の由来は

「『空の穴』というタイトルが思いついたときに、僕は理屈抜きにすごく想像のふくらむ単語だなと思ったんです。そこから想像していろいろな物語が作れそうだって、シナリオを書いているあいだ中考えていました。どういう意味かというのは映画に込めたつもりですから、それを僕が敢えて喋ってはいけない。観た人が、なんとなくこうなんじゃないかなと思ってくれればいいです」




「スロウトレイン」に掲載の記事・写真・カット等の無断転載を禁じます。© Works m bros.