2001.4.1 UPDATE



取材・文/宇都宮秀幸(編集部)
text by Hideyuki Utsunomiya


河瀬直美 Naomi Kawase
1969年奈良県生まれ。95年、山形国際ドキュメンタリー映画祭で『につつまれて』(国際映画批評家連盟賞)『かたつもり』(審査員特別賞)がダブル受賞し注目を集める。97年、初の劇映画『萌の朱雀』でカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を獲得。
 史上最年少でカンヌ映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を獲得した『萌の朱雀』から四年。もの静かなタッチで家族の関係を描いた『萌〜』に続き、またも故郷・奈良を舞台にした河瀬直美監督の新作『火垂(ほたる)』は、ストリッパーと陶芸家の激しい恋愛というやや意外とも思えるテーマの物語だ。

『火垂(ほたる)』は、俳優を使ったいわゆる劇映画でありながら、生き別れた父を探す『につつまれて』や祖母との日常を丹念に追う『かたつもり』といったプライベート・フィルムと同じく、河瀬直美というひとりの人間の想いを濃密に映し出す作品となった。

 劇映画とドキュメント、フィクションと実人生の間で激しく揺れながら、なにかをつかみ取ろうとする過程こそが河瀬作品の魅力だとしたら、息がつまるほどの感情表現に賛否はあれど『火垂(ほたる)』はやはり彼女にしか創れない映画である。東京での公開を翌日に控えた河瀬監督に話を聞いた。



お互いを埋め合うのではなく、えぐり合いながら
自分を確立する恋愛を描きたかった


―恋愛ものという題材にしても、主人公がストリッパーという設定にしても、これまでの河瀬さんの作風から考えると少し意外なイメージがありました。なぜ、今回は恋愛映画だったのでしょう?

 以前、家族を
テーマにして作品を撮っていたときにも、人と人の絆、目に見えない大切な想いというものを描きたいという気持ちがありました。それをもっと明確に描くために、血のつながりのない他人同士の愛情というものをやりたかったんです。今回、それがやっとできるかなと思って。

―ということは家族と恋愛というテーマの違いはあるにしても、根本的に描きたいものは同じということですね?

 うん、同じですね。

―いままでの作品をふり返ると「何かを失う、誰かが去っていく」というモチーフが繰り返し出てきますね。今回は逆に男と女が出会うところから物語が始まるわけですが……。

 ただ、大司(主人公の恋の相手となる陶芸家)にとってもおじいちゃんが亡くなるところから始まるし、ストリッパーのあやこも自分自身の子供を堕ろしているわけです。自分にとっての死がまずあり、何かが欠けたところからふたりが出会うのであって、やっぱり喪失というのがテーマになっているんですね。で、そこから再生、自立していくお話にしたかった。だから欠けたものをお互いが埋め合うのではなくて、むしろそこをえぐり合いながらも、自分自身が確立していくという過程を描きたかったんです。

―撮影前のインタビューで河瀬さんは「出会ってから後の話が大事なんだ」と発言されていましたね

 映画が始まって1時間位のところでふたりが結ばれるベッドシーンがあるんです。普通のラブストーリーであればそこで終わることもあるかもしれないけど、逆にそこから始まるというか。

―いや、正直に感想を言わせてもらうと、いまおっしゃっていた部分、つまり前半は観ていてすごく辛かったんですよ。あやこがすごく激しく感情を顕わにするようなシーンが続くじゃないですか。でも、ふたりが結ばれてあやこが笑顔を見せるようになった後、急に映画の空気が心地よくなって、そこからは引き込まれていきました。

 そうですね。前半でもう耐えられなくなる人がいるんだろうなというのはわかっていたんですけど(笑)。でも、そこであやこのどうしようもなさというのを描かないと、その先も描ききれないのではないかと。編集段階でも、誰に観せてもやっぱり前半がすごく入っていけなくなるので危険だとは言われてました。でも、あの彼女のリアリティを出さないとなと思って。

―例えば『萌の朱雀』みたいなタッチを想像して観ると、人によっては戸惑うじゃないですか。そのへんはあえて挑戦だったのでしょうか?

 そうですね。挑戦です。編集がアビッド(デジタル編集)なのでそういうシーンを削ったバージョンも観直しているんですけど、やっぱり最後まで観られた人が行き着くことのできる深さというのが違うんですよね。


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