文/宇都宮秀幸(編集部)
text by Hideyuki Utsunomiya

※文中、映画の結末にふれる部分があるため、 未見の方は本編をご覧になった後でお読みください。




 先日、電車で隣に座った女子高生の手元のケータイを見るともなしに見てしまいのけぞるほど驚いた。iモードの待ち受け画面が、白目を剥いたリンダ・ブレアの顔になっていたのだ。オリジナル版『エクソシスト』の公開当時には生まれてさえいなかった彼女の心にも、いま『エクソシスト』ブームが巻き起こっている…。彼女がこの映画に夢中になる理由はなんだろうと、当時小学生でリンダ・ブレアの首回転がいまもトラウマとして残る僕は思った。

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 新作が軒並み不調だった冬の映画興行で、30年近く前の作品を、悪く言えば再利用しただけの『〜ディレクターズ・カット版』が予想を超える大ヒットを記録した。理由はいろいろあるだろう。公開延期という不測の事態がもたらした意外な話題性、“封印バージョン”という思わせぶりなコピーがかき立てる下世話な興味、おなじみのテーマ曲を効果的に使ったTVスポットのインパクト…。だが何よりも今回の興行の成功は、『エクソシスト』という作品がもともと持っている潜在的な魅力がまったく古びていないどころか、むしろ現代の観客の心をこそ強く引きつけるものであることの証明だと思う。


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 『〜ディレクターズ・カット版』をあらためて観たことで、新たな発見がいくつもあった。まず極端なことを言ってしまえば、この映画は70年代オカルト・ブームの中心でありながら、本質的な部分ではいわゆる超自然現象とは無関係の作品であるということ。物語のなかで心霊現象など実はひとつも起きてはいないとさえ言ってもいい。これは思春期の不安定な子供が心と体のバランスを崩し、周囲の大人に激しく反抗したというだけの、いわば『積木くずし』(古いですね…)みたいな話なのである。

 今回新たに付け加えられたシーンのなかに、少女リーガンに科学的治療が施されるという場面がある。僕も含め注射や血が苦手な人にとっては、見せ場の憑依シーンよりよほど恐ろしい描写が延々続くわけだが、リーガンが変わってしまった理由が本当に悪魔のせいならば、こんなシーンをくどくど見せる必要はまったくない。劇中で明らかなように、リーガンは両親の不仲が原因で心身を病んだ上、医者の身勝手かつハードな治療でおかしくなっただけなのだ。

 素直で可愛いと思っていた自分の娘が、親に向かって汚い言葉を吐けばショックだろう。突然、暴力を振るいだせば怖くて仕方がないだろう。観客が目撃するこの世のものとも思えないリーガンの形相は、母親から見た娘の豹変ぶりを象徴的に描いたものだという解釈は成り立たないだろうか。

 
 

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