リドリー・スコットと私の共通点は
反アメリカ的な映画を作っていることだ
−この映画の上映時間は112分ですが、もっと短く感じました。それと、これまでの作品よりもスピーディで驚きました。

最近の映画は長いものが多いから、この作品は短いほうかも知れないな。『タイタニック』('98)のような映画は別だがね。私は2時間以内に収めるのが正しいと思っているんだ。だいたい、長過ぎると自分が飽きてしまうのでね! だから、上映時間は短くしているし、スピードに関しては常に意識している。つまり時間のロスがないように、あらゆる動きを演出するのさ。カメラを出来るだけ動かして、いつも同じ視点にならないように努め、観客がうんざりすることがないようにしている。
それと、私はSFXと役者の動きを別々なものとして捉えたくないんだ。同一のものとして理解したい。これはスピード感などにも関係するのだが。あるシーンがあると、必ず役者からスタートしてSFXになり、また役者に戻ることによって、一体感というか、違和感がないようにしたいんだ。SFXだけのシーンがあると、どうしても目立ってしまうからね。
−前作の『スターシップ・トゥルーパーズ』('97)は宇宙という広い空間が舞台でしたが、今回は地下の閉ざされた世界ですよね。
『U・ボート』('81)的だろう!
−透明人間ということで姿が見えないので、本来ならどこへでも行けますが、あえて研究所の中だけで物語を展開させたのはどういう意図が?

透明人間に外を歩かせると、観客の笑いを誘ってしまうからさ。それに、博士が悪へと変貌していく推移をはっきりと示していくには、ああいった場所に閉じ込めたほうがいいんだよ。つまり、彼を知っている登場人物たちと閉塞した空間で絡むことによって、彼が悪に変わっていく過程が際立ってくる。逆に、外に追い出すと、博士の知人でもない人が殺されることになってしまう。殺されるのが見知らぬ他人では、観客はなんの感情も持たなくなる。感情の揺れが広がってしまうと、恐怖が薄まってしまうような気がするんだ。
−『エイリアン』('79)も思い起こさせますが?
もちろん、それは頭のなかにあったことだ。“ハウス・ムービー”を語るときには、リドリー(・スコット)の作品は度外視できないからね。
−彼との関連でいえば、オランダ時代から一緒に撮っていたルトガー・ハウアーは(リドリー・スコットの)『ブレード・ランナー』('82)に出演していますし、逆に『ブラック・レイン』('89)に出ていたマイケル・ダグラスを『氷の微笑』で使っています。リドリー・スコットとは交流があるのですか?
いいや、個人的にはほとんど知らないんだ。一度だけ握手しただけさ! お互いの映画に関していえば、似ているところもあるとは思う。だがそれよりも、彼はイギリス人で、私と同じヨーロッパ人だということが重要なのかも知れないな(笑)。そして、2人ともアメリカに渡って、反アメリカ的な映画を作っているところも。つまり、“アメリカに来たからには、アメリカのルールを守らなければならない”と思いながらも、お互い守っていない作家ということさ!。