デビュー作『クラークス』も、続く『モール・ラッツ』も、『チェイシング・エイミー』も、そして最新作『ドグマ』も、生まれ育った街ニュージャージー州郊外の小さな街が舞台であり、彼はそこから離れようとしない。しかも、物語の題材は、全て自分自身が経験してきたことにほかならない。

『クラークス』では、コンビニ店の店員の奇妙でありふれた一日を描き、常連客とのくだらないお喋りや、奇行甚だしい客の姿(卵や牛乳をひとつずつ執拗に確認する客など…)を、どこまでもコミカルに切り取って見せている。『モール・ラッツ』では、米国郊外に必ずある巨大ショッピング・モールにたむろする、クソガキ達の、どうしようもない行動を、『チェイシング・エイミ―』では、売れっ子漫画家とバイセクシャルの恋を、『ドグマ』ではカソリックに対する、長年抱いてきたあらゆる想いと疑問というふうに、あくまでケヴィン・スミスは自身の世界に潜み、取り巻く出来事を綴り続けてきた。
『モール・ラッツ』(95)
CIC・ビクタービデオ 13333円

『チェイミング・エイミー』(97)
クロックワークス 15800円

 この6年間で、ひとつ手放したことといえば、大手映画会社ユニバーサル映画との契約だ。『クラークス』の成功直後に契約し、『モール・ラッツ』を製作したものの、ケヴィン・スミスの、身近で小さな世界観は、巨大スタジオではなかなか理解してはもらえず…というか、欲かいて金積んで、作品の持ち味をズタズタに壊した観があるので、監督自身もうウンザリしたに違いない。(おかげで、『モール・ラッツ』は日本では未公開)

『チェイシング・エイミー』
  結果的に、この契約を切ったことは正解だった。『チェイシング・エイミー』も、『ドグマ』も、再び各国映画祭やプレスの間で話題持ちきりとなり、監督ケヴィン・スミスの名は、インディペンデント映画界では、不動の地位 を獲得したのだ。特に『ドグマ』の全米公開に際しては、想像だにしない展開で彼の名は、プレスを賑わせることにもなってしまった。敬虔なカソリック信者達から、神への冒涜映画とされ、上映禁止デモが各地で繰り広げられたからだ。いくら作品の冒頭で、「これは、あくまでもギャグです…」なんてテロップを挿入したところで、許してもらえるはずもなかった。親指おっ立てるキリスト像を登場させたり、だいたい神に選ばれ人類を救うべき主人公が、カソリック信者でありながら、中絶クリニックに勤務(カソリックでは中絶は禁止)している女性だし。コミカルなケヴィン・スミスワールドとはいえ、ハチャメチャにヤリ過ぎていた。(確かに面 白いけど…。)

 実は自分もカソリック信者であるというのに、私は笑いこけ、面白がり、その直後には6年ぶりの取材をオファーしていた。(神様お許し下さい…)だが、お互いのスケジュールがどうにも合わず断念。FAXでコメントだけを貰うこととなった。
 

 
 
 


「スロウトレイン」に掲載の記事・写真・カット等の無断転載を禁じます。© Works m bros.