マニアと一般観客の中間点を見つける
それが監督としての仕事でした
−フィギュアファン以外の人たちをどういう風に、この映画に取り込んでいこうと思いましたか?

そこも難しいポイントなんですよ。やろうと思えばどこまでもマニアックに出来る、逆に上辺だけでは物足りない。フィギュアファンと一般
のお客の中間点を見つけていかなければいけませんから。
例えば、映画的にフィギュアへの愛を表現するのなら、フィギュア作って徹夜して、夜中にはひとりでワルツでもかけながら等身大のフィギュアと躍ったりするというのが面白いのかもしれませんが、実際のフィギュアファンはそんなことをするはずがない、カリカチュアされ過ぎているってことになる。逆にフィギュアの要素を削って、恋愛の要素を膨らませて普通の物語にしたがるプロデューサーもいましたし。それらをまとめ、調整する作業が監督の仕事なんですね。本当に大変でしたよ。
−監督ご自身はどちらに持っていきたかったんですか?

それは僕にとって、コンセプト映画を撮るか、商業映画を撮るかの、分岐点でもありましたね。商業映画って、ある種ひらめきか勘のようなものが必要で、言葉では説明できないけれど、これは売れるっていう確信がなければ作ってもしょうがないと思うんです。そして、その確信に沿って映画を作っていけば、売れる映画が出来たのかもしれない。
けれど、僕は確信を持てなかった。なんとなく面白そうなもの、売れそうなものは作れたかもしれないけど、確信ではなかったんです。わかったつもりで作ったとして、結局売れない映画だったらすごくかっこ悪いじゃないですか。じゃあ自分が理解できる範囲内で、出来るだけ集中して必死に頑張ろうと思ったんですよ。高望みなんてしないでね。