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キャスティングが決まった時点で映画の99%は完成でしたね

―順撮りだったのですか?

 実は、今回が初めて順撮りできなかったケースだったのです。毎回順撮りしていきたいと思っているのですが、この映画は予算の関係上できませんでした。順撮りというのは、けっこうお金がかかりますからね。ですから子どもたちが演じるときは、シーンごとに分けて説明しながら撮影に取り組んでいきました。しかも脚本を一切見せないで、子どもたちには即興的な演技を求めたのです。でも、これからもできる限りは順撮りでいきたいと思っています。

―なぜ順撮りのことをうかがったのかといいますと、どのシーンを最初に撮影したかわからないほど、子どもたちの演技が一定していたからです。先ほど即興的とおっしゃいましたが、子どもたちが非常に自然な演技なので驚かされました。具体的にはどのような演技指導を?

 子役は全員ノンプロだったのですが、映画の中の世界と似た環境で育ってきた子どもたちを起用しました。そしてキャスティングが決まった段階で、この映画の99%は終わったと思いました。子役たちは私が直感的に選んだのですが、一見してキレイとか、カワイイと感じた子は避けるようにしました。それよりも、表情に深みのある子を選ぶようにしました。そのほうが映画的ですから。主役のウィリアムについていえば、少年のような表情もあれば、おじいさんみたいな老けた表情もある。そういったことが、選ぶ際の大切なポイントだったと思います。演技指導に関しては、それよりも子どもたちとどういうふうに信頼関係を築いていくか、ということを主眼に置いていきました。例えば、待ち時間が長いと子どもたちは退屈と感じてしまうので(笑)、とにかく興味を持ってもらうように努めました。具体的には、脚本を見せなかったり、次に何が起きるのかを教えないようにしました。だからリハーサルといっても、実際に本編で設定した状況とはまたちょっと異なったもの、ただ似たような状況のなかでリハーサルさせました。それで本番はまた別撮りで、子どもたちの本能というか、即興性を生かして撮りました。でも子どもというのはタフで、すごく現実的な部分を持っているので、仕事をしていて楽しかったですよ。

―デビュー作ということで、ご自身の子ども時代のことが多少なりとも反映されていると思います。時代設定が70年代ですが、映画のなかで描いているストライキの問題や、住宅供給計画なども自分が体験してきたことですか?

 70年代当時、私はまだ幼かったのですけれども、自伝的な体験というよりも、むしろこの映画のスタートポイントとして捉えました。つまり、そういった出来事からフィクションが生まれたというべきですね。しかしながら、自分が育った環境や自分が知っている人たちのことを映画にしたかった、ということでは自伝的といえますね。

―ストライキや住宅、ゴミなどの社会問題は実際に起きたことなのですか?

 そうなのですが、まだ私が幼かったころのことなのでリサーチを重ねていきました。そのなかで当時の写真を見たのですが、そうすると自分がおぼろげに憶えていたことよりも、はるかにひどい状況だったと思い知らされたのです。それと以前、映画学校時代に兄のことをドキュメンタリーで撮ったことがあるのですが、その製作過程で兄といろいろ話し合って。貧しい時代だったことなどをどんどんリサーチしていくうちに、興味をそそられていったのです。環境が破壊され、家族が離散していくという時代でもあったので、そういったものも描いていきたいなと。脚本を執筆したり、映画を作るときは、とにかく場所とキャラクターを重視しているので、そういう意味では映画の題材として成り得たものだったのです。



 
ネズミが月まで飛んで行ってもいいじゃないですか!(笑)

―冒頭シーンが素晴らしく、印象に残りました。観客に対しては、視覚的な面よりも、まず聴覚に訴えかけているように感じました。スクリーンにはスローモーションで映像が流れているのですが、子どもたちが遊んでいる声、つまりサウンド面が際立っています。実は、男の子がカーテンに巻きついて遊んでいるわけですが、一見してカメラが何を捕らえているのかわかりません。そこに突然、母親が男の子を平手打ちして叱りつける。同時に、映像はスローから開放されます。そして男の子がその場を去った後、カーテンが緩やかに回転している情景だけが残ります。幻想的で美しいシーンで、これから物語はどう展開していくのか、と期待させる知的な描写だと思います。

 そのように感じていただいて、ありがとうございます。もう私が説明することはありませんね(笑)。冒頭のカーテンのシーンは、脚本の段階で書いていたのです。ある幻想的な世界に観客を誘っておきながら、いきなり子どもが母親にはじき飛ばされます。全然違うタッチの映画に乗り移ってしまうという感覚を観客に与えているのです。つまり、観客に心理的なヒントを与えているわけです。5分後には彼は溺れ死ぬ わけですからね。まだその段階では観客には分からなくて、母親がパシンと殴ったことで、現実はもっと違うんだよ、と伝えているわけです。

―カメラワークを駆使したサスペンス・タッチの描写や、ネズミが月まで飛んでいくというファンタジックなシーン、オールディーズを用いた音楽面など、いろいろな取り組みがみられます。やはり初めての長編作ということで、いろいろな試みを実践したのですか?

 
確かに今挙げられたなかには、実験的に使ってみたいと思ったものがありましたね。例えば、ネズミが月に行ってしまうシーンです。観客は何であんな所にいきなり出てくるんだろう、と思われるかもしれませんが(笑)。でも私は、悪くないと思うのです。リスクを恐れずに(!)ですからね(笑)。

―日本に来たのは初めてなのですか?


 いえ、実は2度目です。以前、日本人の友人とドキュメンタリーを撮りに来たことがあります。山梨の石和(いさわ)で、2人の芸術家を撮った作品です。芸術家として仕事が成り立たない難しさ、芸術家としての生活を支えるためにほかの職業でも働いている、という2つのテーマを描いています。映画学校の卒業製作のためで、作品名は『メモリー・オブ・ザ・ソイル(土の記憶)』といいます。映画監督では、小津安二郎と黒澤明が好きです。最近観たのですが、大島渚の『愛のコリーダ』は好きな作品ですね。それと、『ワンダフルライフ』の評判が高いので、ぜひ観なければと思っています。


『ラットキャッチャー』(原題)
70年代なかば、スコットランドのグラスゴー。ある夏の日、12歳の少年ジェイムズが、家の近くの水路で友人を溺死させてしまった。目撃者がいないと思った彼は、それを自分だけの秘密として隠すことに。だが次第に罪悪感が募り、ジェイムズは家族からも孤立していく。

 監督・脚本:リン・ラムジー
 出演:ウィリアム・イーディー トミー・フラナガン
 1999年 英国 93分
 配給:オンリー・ハーツ


 シアター・イメージフォーラムにて来春公開


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